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夜勤について

刑務官の夜勤は、まる1日以上拘束されます。これは男女とも一緒。
今は、曜日関係なしで4日に1度の割合で夜勤です。夜勤は、1部〜4部までのそれぞれの部に入ります。部といっても、数字の大小で仕事に差があるわけではなくて単なる組み分けです。
夜勤の次の日は非番になります。何もなければ、8:00頃には帰ることができるのですが、このごろは忙しいので非番で昼前まで捜検とか出廷なんていうのも当たり前状態になっているかと思います。

女子の場合は、8:30から勤務をはじめて、途中1時間半ごとに30分の待機。16:00に休憩に入って、17:00から夜勤体制に入ります。
夜勤体制にはいると、21:00までは、全員勤務していますが、21:00以降は二組に分かれて勤務します。一組が勤務して、もう一組が仮眠です。仮眠時間は、21:00〜1:30と1:30〜6:00の2パターンがあります。前者のパターンが後夜、後者のパターンが前夜となります。

拝命して、見習い期間の間に、夜勤見習いも体験します。前夜、後夜1回ずつ体験です。
私の場合、後夜から体験して、その次に前夜を体験しました。

仮眠時間が4時間半ありますが、実際に横になっていられるのは、よくて3時間半ぐらいでしょう。寝るまで30分、起きてから30分は準備とかがあるので……
刑務所勤務で班に複数人いる場合は、部の雰囲気にかなり左右されます。拘置所で、班に1名しかいない場合は、寝るも起きるも本人次第です。
後夜で23:00ぐらいまでおしゃべりしている部もあるようで、かなりびびりました。見習いの時に入った夜勤部がそんな感じでして、果たしてこんな生活をしていて大丈夫なのだろうか?と不安になったものです。
が、実際に配属された夜勤部は、後夜でも21:30になったら寝るといった感じでして、この点は助かりました。

夜勤の見習いは、即実際の勤務につながるので、先輩や夜勤部長とうまくやっていけるのかというのも鍵になります。実際に夜勤部に配属されると、よほどのことがない限り部が変わるというのはないと思います。

前夜と後夜どちらが楽なのかは、本人の体質次第なのですが、私の場合は断然後夜の方が楽でした。
ちなみに、後夜の方が楽な人は「おばちゃん体質」なんだそうでして。

(このトピックつづく)

9月 27, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

消費者金融からの借金には要注意

女子刑務官にとって問題になりやすいのが、男と金なのです。
今回は、金についての問題を取り上げましょう。

いきなり事件系ネタ&男子刑務官ネタで申し訳ないのだけど、消費者金融からの借金はマジで怖いという話。
ソースは、http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20040922AT1G2200L22092004.html
横浜刑務所で、教育部の主任看守(36)が民間の宗教家でつくる神奈川県教戒師会などの運営資金約450万円を着服し、依願退職という事案がありました。
で、着服に至る理由はなんだったのかというと、

主任看守は「消費者金融に数百万円の借金があり、返済に充てた」と話しているという。

この手の事案はちょくちょく発生しています。故に上は部下の借金に目をとがらせています。現金を取り扱う係には長期間つけない、複数人であたるといった対策も取られてはいますが、その効果のほどは?な感じです。

拘置所勤務時代には事件沙汰にはならなかったけど、消費者金融から数百万の借金を抱えた人(男性)が退職に追い込まれたという話がありました。借金の理由は確かギャンブルだったと思います。これがきっかけで20代の職員を集めて消費者金融からの借金についての講義がありましたっけ。

実は、この話を聞いたとき、正直他人事じゃなかったのですよ。数百万とまではいきませんでしたけど、100万近くのお金を「♪はじめての〜」のところで借りていたのですよ。
退職するかどうかをぎりぎりまで悩んだのは、借金の問題があったからです。

20代の女子刑務官の場合、各種手当てやボーナスまで入れると、そんじょそこらの同年代OLよりも遙かにいいお給料をもらっています。しかし、「あればあるだけ使ってしまう」という性格だと、次から次へとお金が消えてしまっている状態になります。私自身ははまりやすい性格だと自覚していたので、パチンコとか競馬とかのギャンブルに手を染めることはなかったのですけど、その分浪費がひどかったです。

借金とギャンブルの恐ろしさについては、 借金は身を滅ぼすのメールマガジンバックナンバーを読んでください。

公務員は限度額もでかいのですよ。安定している職業ですから。消費者金融初心者でも50万借りられるという恐ろしい状態です。ある程度実績がつくと、100万ぐらいの枠なんてかるーくGetできてしまいます。

消費者金融に借金があるとしれてしまった場合、当たり前のことですが周囲にはいい顔されません。額の小さなうちに、上司に相談してください。手遅れになれば他の勤務態度に問題がなかったとしても退職に追い込まれてしまう可能性があります。

ちなみに、現在は全ての借金を返済して、わずかながらの蓄えもできました。

9月 22, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

慢心はなかったのか

先月24日の川越少年刑務所さいたま拘置支所で発生した逃走事件は、以下のような経緯らしい。

読売新聞2004年9月15日の記事から。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20040915i508.htm

金網と外枠の接合が外れている部分が1か所あり、北詰被告はこの部分から金網をほどいて脱走したことが15日、浦和署の調べでわかった。

同署によると、北詰被告は脱走の数日前、この部分に気付き、監視の目を盗み、金網がほどけるかどうかを試していたという。

そもそも金網と外枠を接合するようになったのは、今年2月に宇都宮市の黒羽刑務所宇都宮拘置支所で、被告の男が老朽化した運動場の金網を破って逃走する事件があったからだという。

中日新聞の2004年9月16日の記事では、仰天モノのことがかかれている。http://www.chunichi.co.jp/00/stm/20040916/lcl_____stm_____004.shtml

調べでは、北詰被告は八月十九日、拘置所屋上の運動場の南側金網フェンスの結び目を事前にボルトで外しておいて、二十四日午前十時すぎ、素手でフェンスをこじ開け脱出。配管を伝って敷地に飛び降り、逃げた。翌日、東京都練馬区内の交番に出頭し、逮捕された。
ボルトは約五センチ。拘置房の洗面所の排水口から外し、刑務官の目を盗んで、房の壁でこすって先をとがらせ、フェンスの結び目に食い込むよう加工。逃走時には数分置きの刑務官の見回りで見つからないよう背中でフェンスを隠していた。
ボルトでほどいた結び目部分はゆるんでいたといい、ボルトを使う数日前には所持していたボールペンを使って失敗していたという。

未決の場合、非収容者が居室外に出るときには必ず検身を行っているはずだ。5cm程度の大きさがあるボルトだけでなく、ボールペンの持ち出しまでさせていたとはどういう検身をしていたのだろうかと言いたい。
それに加えて、居室の捜検もあるはずなので、何をやっていたんだよ!

「逃走なんてめったにおこらない」「こないだ大丈夫だったから、今回も大丈夫」という慢心はなかったのだろうか。
忙しいのは十分承知の上だ。私自身、現職だったときにこういう考えで勤務してしまったことはあった。そのときは刑務事故に結びつかなかっただけだ。

刑務官に限らず、安全とか治安とかに関わる人間に「慢心」は禁物なのだ。

9月 17, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

宅間死刑囚、刑執行

今朝、大阪教育大学付属池田小学校殺傷事件の宅間死刑囚が刑執行された。

死刑執行のニュースを聞く度に、刑の執行を担当した刑務官のことを思うと胸が痛くなる。
死刑執行は、日本では唯一合法的に行える人殺しだ。
刑務官を志す人には、刑務官の職務の中にこのようなのもあるのだというのは絶対に知っておいて欲しい。犯罪を犯した人を更生させて、社会復帰を目指すための職務だけではないのだ。
もし、刑場のある施設に勤務することがあれば死刑の執行にあたるかもしれないという覚悟はしておいて欲しい。

死刑の執行を担当するように言われた場合、拒否することはできない。それは職務命令だからだ。拒否をするようなことがあれば、それは退職への道が待っている。

私自身、刑場のある拘置所に勤務していたから、自分が執行担当になってもおかしくはない状況だった。ただ、在職中に女子の死刑確定者がいなかったから死刑執行にあたらなくてよかっただけだ。
現在、私が勤務していた施設には一審で死刑判決を受けた未決囚がいる。控訴審や上告審で一審判決が覆される可能性も低いであろう状況故、何年先になるかはわからないのだけど、いずれは女区の誰かが執行の担当にあたらなければいけないだろう。もしかすると、私と一緒に勤務したことがある方が担当になるのかもしれない。そう思うとよけいにやるせない気持ちになる。

※刑場は以下の7施設にある。
札幌刑務所札幌拘置支所、宮城刑務所仙台拘置支所、東京拘置所、名古屋拘置所、大阪拘置所、広島拘置所、福岡拘置所
8つある管区の内、高松管区内には刑場のある施設がないので、大阪拘置所で執行される。

9月 14, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (1)

中等科のシーズン

この時期って、中等科研修開始なのですね。

中等科研修も法務教官の人たちと一緒になります。ただし、法務教官のほうは入所試験はなくて、拝命2年目で行くことがほとんどです。

中等科研修には拝命3年目で行きました。
前の年に次点で不合格になって、2度目のチャレンジでの合格でした。
(私のときは、大卒の場合2年目から受験可能、それ以外は3年目から受験可能だった)

人間関係については、初等科同期が4名(うち女子1名)いたのでずいぶんと気が楽でした。

合格したのはいいのですけど、やっぱり不安もありました。
術科の厳しさは初等科の比ではないだろうし、学科だって試験をパスした連中が集まるのですから。
私のときは、今のように全国で100名ではなくて、管区ごとで合格者を決めていました。

そういえば、私のときは研修支所移転というビッグイベントがあったおかげで、例年の中等科研修とはかなり趣が違ってました。まる1週間引越しでつぶれて、その後も移転式典などの準備もありましたし。
集団行動訓練の時間が大幅に減って、管区査閲式もなかったです。(これのおかげで私はかなり救われた)

中等科研修はめちゃくちゃ楽しかったですよー。同期や教官たちもいい人ばっかりでした。

9月 4, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)