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現在の成人矯正教育に足りないもの

それは、犯罪被害者からの視点です。

昨日、報道ステーションで福島刑務所の話題が出ていましたね。
メインの話題的には、交通事故(業務上過失致死)で息子さんを亡くされた父親が、受刑者に対する想いを話したり、実際に一部の受刑者の前で講演したりと言ったものでした。ちなみに、加害者は執行猶予の判決を受けています。

現在の成人矯正教育のメインは、刑務作業です。刑務作業を通じて、労働意欲をもり立て、それを更生の心につなげるというものです。何かを教え諭すという機会は思うほどありません。
また、何らかの形で自省する機会はほとんど与えられていないし、時間もさほどとれないのが現状です。これが少年矯正教育との決定的な違いです。成人だから自発的に自省するかと言えばNoです。

今の制度では、犯罪被害者といえど、親族でなければ面会・手紙の発受信はままならないのが現状です。親族以外に対しては、特別面会とか特別発信といった形で実施しているのが現状です。

人って忘れっぽいものです。殺人・強盗などといった重大な出来事を犯した人間でも、時間とともにそのことを忘れていってしまいます。恐ろしいことなのですが。
長い受刑生活の中で、所内で事故(規則違反)を起こさないようにと考えるだけになってしまうのです。

薬物使用事犯のように他人に対する直接的な被害を与えていない受刑者も多数いるのですが、刑務所に収容されることで周囲の人間は深く傷ついてしまいます。薬物を使用することで、自分自身の身体をボロボロにしていく。周囲だけでなく自分自身も被害者と言えると思います。

職業柄、被収容者側の視点から物事をとらえがちです。が、収容に至る経緯をつかみ、その先にいる被害者や周囲の人間の視点からも物事をとらえることが求められると思います。

11月 30, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (9) | トラックバック (0)

福井刑務所で元受刑者の顔が

ソース:刑務所HPに元受刑者の顔 法務省が写真削除し謝罪へ

 福井刑務所(福井市)のホームページ(HP)に刑務作業をする受刑者の顔が判別できるように掲載されていることが分かった。受刑者の知人から「個人が特定できる」と指摘を受けた法務省成人矯正課は27日までに写真を削除し、今後、出所した本人を捜し出し、謝罪するという。
 成人矯正課や関係者の話では、福井刑務所のHPを見た新潟県内の男性から今月中旬、「出所した知人が写っている。社会復帰しているのに悪影響があればどうするのか」と抗議があった。
 確認すると、ミシンで縫製作業をする男性の横顔が写真手前に大きく写っていた。帽子をかぶりうつむき加減だが、画像処理はされていなかった。同課は本人だとわかる心配があり、不適切と判断。すぐに削除した。
 全国の刑務所のHPは02年11月に成人矯正課が作成した。矯正教育や職業訓練を広く紹介し、社会復帰への国民の理解を深める目的だった。各刑務所から写真などのデータを送ってもらい、同課で選んで掲載していた。
 同課は「身元が特定できない配慮が必要だった。本人に直接謝罪したい」としている。

記事中では法務省成人矯正課となっていますが、正式には、法務省矯正局成人矯正課です。

02年11月作成と言うことは、丸3年近くも放置プレイされていたのですか。制作時に施設側・法務省側いずれにもチェック機能が働かなかったのかと。しかも最悪なことに外部から指摘を受けるまで気づかなかったというのは最悪の状況です。何を言われても仕方ないでしょう。

広報向けに被収容者の姿を撮影する場合には、当然人権への配慮が求められます。人物が特定されないアングルで撮影することや、人物を特定されないように写真をレタッチすることが必要になります。

今回の事件、人権意識の低さもですが、情報リテラシーの低さも露呈した一件だと感じます。人権を啓蒙するはずの省庁である法務省がこれですからね。

11月 29, 2005 News | | コメント (0) | トラックバック (0)

少年院の教育が教育現場で注目されている

読売ウィークリー12月4日号で宇治少年院の話題が取り上げられていました。学校教育の現場で勤めている先生達が見学していたとのことです。学校教育が矯正教育を参考にというのは世も末のような気もしますが。
2号連続になるので、12月12日号にも掲載されます。

読売ウィークリーのサイトでは以下のような目次で紹介されています。

「矯正教育」に教師、保護者がすがる理由
子どもの非行や犯罪に頭を悩ませる教師や親。決定的な解決策がないのが現状だが、いま、少年院の矯正教育に、そのヒントを見出そうという動きが出始めている。教育現場が注目する、その実践システムとは――。

11月 23, 2005 News | | コメント (7) | トラックバック (0)

中等科不合格

まず、管理人の簡単なプロフィールを。
平成x年3月 某大学某学部を卒業。(age22)
平成x年4月 某刑務所で拝命。
平成x+1年7月 某拘置所へ帰郷転勤。中等科を初受験するが、次点に終わる。(age23)
平成x+2年7月 2度目の中等科受験。合格。
平成x+2年9月 中等科入所。
平成x+2年12月 中等科卒業。
平成x+3年1月 看守部長に昇進。(age24)
平成x+3年5月 高等科初受験。不合格。
平成x+4年3月頃 鬱症状が発覚。当然、高等科受験は断念。(age25)
平成x+6年3月 退職。(age27)

初めて中等科を受けたのは、拝命2年目で転勤して間もない頃でした。そこそこの大学出ていて、しかも社会心理学専攻で、当時としてはかなーり異色だったのですよ。当然、上(幹部)めざすよね?初等科も賞とって帰ってくるよね?とあっという間に幹部コース行きへのレールに乗せられてしまったのですよ。

初めて受験したときは、「まぁ、初めてだし、腕試し♪」ということでなめてかかっていました。受験対策もほとんどなし。だから、中等科行くのはその次の年になるだろうと勝手に思っていました。でも、結果を聞いたときにかなり堪えたのですよ。次点ですよ。あともうちょっとの差だったという事実に愕然としました。ちょっとでも勉強していれば合格できていたのかなって。
(注:現在は面接が実施されています。当時は学科試験のみで入所者を決定していました。それと、大卒なら初等科で賞を取っていなくても2年目で受験可能でした。)

私が中等科の受験結果を聞いてしょげているときに、女区長が、「もう一年、現場での経験を積めると思ってがんばりなさい。」とおっしゃってくれました。その言葉を聞いてハッとしました。

研修所で勉強するだけが、勉強じゃないのだと。現場での日々の業務の中で勉強していきなさい、それが後々の力になるのだと。

この言葉があったからこそ、次の受験までの1年間夜勤者として勤務に励めたし、来年は絶対合格してやるというモチベーションも強く持てました。

当時の女区長であったK内さんには今でも感謝しています。彼女は、翌年の春に隣接する管区の施設へ転勤されました。今はどうされているのでしょうか。お元気で活躍されているのでしょうか。

11月 21, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (8) | トラックバック (1)

恐怖のぎっくり腰

管理人はぎっくり腰持ちです。つい最近もぎっくり腰をやってしまい、会社を3日も休んでしまいました。

はじめてぎっくり腰になったのは、拘置所で夜勤をやっていた頃の話です。まだ、20代前半でした。当時、私は独身寮で1人暮らししていました。
いつものように、夜、床につきました。
夜中にトイレに行きたくなったので起きあがったところ、前にも後ろにも動けない!!!
しばらくして、なんとか壁づたいに歩いて、トイレに到着。たったの3mがどれだけ長かったか!用も足したのですが、腰が強烈に痛い!新人の頃に勤務で足の裏が痛くて痛くてたまらない以上に痛い。次の日は日勤でした。もし腰が痛くて動けなかったらポカ休せざる得ない状態です。

さて、次の朝。少々痛いかな?ぐらいに痛みが治まって、少なくとも見た目にはヘンな歩き方になってなかったのが、後々裏目に。ぎっくり腰を甘く見てしまったのですよ。
そう、1度やると癖になるー。現役時代にもう1度やってやってしまい(このときは日勤者)、ポカ休。幸い、近所に整骨院があったので、夕方になってからそこで診てもらいました。どうやら、刑務官はお得意様のようでした。(刑務共済使うのでバレバレ)

現場の刑務官は立ち仕事故、足腰に負担がかかります。そして、年齢とともに衰えていきます。どうか大事にして下さいね。

11月 18, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (6) | トラックバック (0)

刑務官採用試験第2次試験合格発表

本日あったそうですね。
とりあえず、合格された方、おめでとうございます。

公務員試験は、試験合格=採用ではありません。刑務官も例外ではありません。
管区面接、施設面接を経てはじめて採用となります。
希望している管区や施設によって採用されやすいかどうかに差がありますので何とも言い難いです。
私が拝命した某施設は採用されやすいほうだとは思いますが、その分だけ人が抜けていると考えてもいいです。
私が拝命した年は計10名採用していましたからね。確か、1月,4月,7月の拝命だったと思います。(私は4月採用)

ということで、本当のおめでとうは採用が決まってからになります。

11月 10, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (19) | トラックバック (0)

カメラ房にてショー開催

刑務所や拘置所にはカメラ房というのがあります。動静が不安定な被収容者を天井からカメラ監視をするための房です。保護房にもカメラがついていますが、カメラ房は畳の部屋で、トイレなどは自分で流します。

どこでカメラからの画像をモニターしているかというと、処遇部門の事務室ですね。小さな施設や拘置所の女区では監視用の専任者を置かずに、事務所にいる人が時折モニターを確認します。モニターも数台程度です。
大規模施設ではテレビ監視台が用意されていて、専任者が24時間体制でいます。20台程度のモニターが用意されていて、中には切り替え機能や画面分割機能がついているモニターもあります。拘置所の場合、女区は女区でモニターを持っていますが、夜間は勤務でモニター監視ができないのでテレビ監視台の方でも監視をしてもらっていました。

拘置所勤務時代のとある日の日勤にて。
私物制限をしてカメラ房に収容していた女区の被収容者が、いきなり服を脱ぎだして全身素っ裸になったじゃありませんか!そして、股を開いて自慰ショー開始。しかも、その被収容者はまだ20代半ばです。
これにはたまらず、女区長命令でカメラのスイッチ(居室の外にある)を切るように命令が下されました。そしてショーが終了するまで対面戒護に。

後にも先にもこのような事例はなかった訳ですけども、監視している側が思わずびっくりしましたね。カメラで監視されているのを承知の上でやっていたのですから。

ということで、塀の中では常識を越えた行動をとる被収容者もいるということで……

11月 8, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (4) | トラックバック (0)

名古屋刑務所・放水事件2名に有罪判決

ソース:http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20051104it03.htm

 名古屋刑務所で、受刑者が消防用ホースによる放水を受けて死亡した事件で、特別公務員暴行陵虐致死罪に問われた副看守長乙丸幹夫(49)、同ほう助罪に問われた看守部長高見昌洋(45)両被告の判決が4日、名古屋地裁であった。
 柴田秀樹裁判長は「受刑者は放水により死亡したと強く推認される」と放水と死亡の因果関係を認め、乙丸被告に懲役3年、執行猶予4年(求刑・懲役4年)、高見被告に懲役1年2月、執行猶予3年(求刑・懲役1年6月)の有罪判決を言い渡した。
 ただ、放水の目的については「身体に付着した汚物を除去するためだった」として、懲らしめ目的とする検察側の主張は退けた。両被告は控訴する方針。
 判決は、受刑者の死因について、「放水直後の出血や傷の形状から、死因は放水による直腸裂開と強く推認できる」と、放水との因果関係を認めた。しかし、放水については「被告人は、身体に付着した汚物を除去する目的で直接放水することが上司に黙認されていたと考えていた」としたうえで、「冬に至近距離から放水するのは、暴行と言えるが、懲らしめ目的と認定するには疑いがある」とした。
 判決によると、乙丸被告は2001年12月14日午後2時20分ごろ、同刑務所保護房に収容されていた受刑者(当時43歳)の肛門(こうもん)をめがけて消火栓の消防用ホースで放水。受刑者の肛門や直腸に傷を負わせ、翌日未明、細菌性ショックで死亡させた。高見被告は、受刑者のズボンを下ろすなどして乙丸被告の放水行為を手助けした。

被告人両者とも控訴すると言うことで、判決の確定は先になります。被告側とすれば正当な任務として認められなかったことに対する不満ですよね。(すみません、検事控訴の件書いていましたが私の誤読です。)

消防用ホースの水圧というのは、結構すさまじいモノがあります。ホース自体もかなり重くなります。もちろん刑務官は消防訓練も受けていますから、消防用ホースで水をかけたときの威力も知っているはずです。至近距離で流水を受けたらどうなるのかも想像はつくでしょう。

受刑者処遇法制定のきっかけともなった事件ですが、判決確定までにはまだまだ時間がかかりそうです。

11月 4, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (14) | トラックバック (1)

男区

女子施設の中には、男区(だんく)と呼ばれるスペースがあります。
昼間に、営繕(各種工事関係をする)係の男子被収容者が休憩をとるための場所です。

矯正施設では、「自分たちのことは自分たちでする」というのがあるのですが、女子施設の営繕だけはスキルを持っている被収容者がほとんどいないし、営繕工場もないので、近くの男子施設から営繕係に来てもらうのですよ。
私がいた施設の場合は、近くの拘置支所から来てもらっていました。

朝、営繕工場担当とともにバスに乗って来て、通用門を通過。お昼になるまでは工事関係の仕事。そして、お昼休憩の時間になると、男区で食事と休憩。そして作業終了時間まで仕事をして、夕方バスで帰る。

なお、彼らの昼食は、昼休憩の少し前に炊場の女子被収容者に持たせて置いて行きます。当然、男区までの連行する職員が必要です。その役目には若手の職員がよくついていましたね。

通用門を通過しますので、出入りするときは人数確認もします。当然営繕の担当の方でもしているのですけども。

女子の被収容者だけではどうしようもないところがあるから男子に補ってもらう。けど、極力女子(職員・被収容者)とは接触はさせない。女子施設の中でも微妙な立場なのが男区なのです。

11月 3, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (7) | トラックバック (0)