ZAKZAKで3回に分けて掲載された、この3月で定年退職した藤田公彦氏の手記です。
上:http://www.zakzak.co.jp/top/2007_04/t2007040218.html
中:http://www.zakzak.co.jp/top/2007_04/t2007040321.html
下:http://www.zakzak.co.jp/top/2007_04/t2007040429.html
手紙で腐敗見抜き…元刑務官激白・塀の中の実態(上)
死刑廃止論は「現場知らない者の発想」
「児童8人を殺害した死刑囚は独居房の机を蹴り上げた」「暴力団組長は、すし、たばこを自由に入手」-。大阪拘置所や神戸刑務所など全国の「塀の中」を30年以上も見つめ続けた刑務官が、3月末で定年退官し、不良収容者との対決や腐敗刑務官の摘発、死刑執行の実態などをまとめた手記を2日までに夕刊フジに公開した。元刑務官は「職務や組織の腐敗に苦悩する後輩らを励ますために書いた」と説明しており、論議を呼びそうだ。
手記を公開したのは、大阪拘置所総務部調査官や神戸刑務所教育部長、滋賀刑務所総務部長などを歴任し、静岡刑務所分類室長を最後に定年退官した藤田公彦氏(60)。
手記は、藤田氏が民間会社を経て、1973年に刑務官になって以来、30年以上の職務体験を詳細につづっている。
藤田氏は最近、目立つ拘置、刑務所の不祥事について「昔から存在する構造的問題」と指摘。自らも大阪拘置所では、地元暴力団組長に籠絡(ろうらく)された腐敗刑務官グループの解体に力を注いできたという。
あるヤミ金融経営の入所者の妻からの手紙を検閲した際は「花子も大きくなりました。シャンプー、アワアワ大好き。最近は厚かましくなりました」「アパートの畳1畳2万円」などとの文面から「花子は特定の職員。ソープランド接待におぼれ、自分から金品をせびり始めた」「たばこの差し入れが1箱2万円」との意味を見抜き、腐敗刑務官を一掃したこともあった。
こうした厳しい姿勢から、藤田氏は収容者から疎まれ、巡回中に高温の湯茶をかけられたこともあった。ただ、当時の上司も上司で、取り調べの許可を求めても「日曜日くらい、ゆっくりさせんかい」と逆に怒鳴り返され、結局、腐敗刑務官グループの中核メンバーの追及に失敗したという。
藤田氏は、この結果、複数の刑務官が拘置中の山口組系暴力団関係者から謝礼を受け、見返りに組長を監視カメラのない独居房に移す収賄事件が昨年、発覚する事態になったと結論づける。
手記の中で藤田氏は、ベールに包まれている死刑囚らの様子も詳述している。2001年、大阪府内の小学校で児童8人を殺害するなどした死刑囚=執行済み=を大阪拘置所に収監した際には「絶対に自殺させるな。(法務)大臣のクビが飛ぶ」と異例の指示があった。
この死刑囚は、監視カメラ付きの独居房に入れられていたが、収監時、机代わりの段ボール箱を蹴り上げ、悪態をついたのが印象深かったという。
しかし、藤田氏は長年の勘から「自暴自棄を他人への危害で表現するタイプと直感し、自殺の恐れはないと判断した」と振り返る。
藤田氏は、この死刑囚の執行には立ち会っていないものの、自身がかつて臨んだ死刑執行と照らし合わせ、安易な死刑廃止論には「現場を知らない者の発想」と述べ、こう批判する。
「もし、死刑が廃止されたら、彼らは刑務官を平気で殺傷して脱走を図るようになる」
死刑執行、その瞬間は…元刑務官が激白(中)
赤いランプがともると、「押せ」との命令。躊躇(ちゅうちょ)せずにボタンを押すと、空気が抜ける音と同時に90センチ四方の床板が抜け、死刑囚は落下していった。
神戸刑務所教育部長などを歴任し、3月末で定年退官した藤田公彦氏(60、写真)は自ら執行した死刑を振り返る。
児童8人殺害の死刑囚の収監にも立ち会ったが、自身は初任の大阪拘置所の勤務3、4年目で、70代の男性死刑囚の執行にあたった。
夜勤明けの午前8時半、数人が名前を呼ばれ、待機命令が出された。前日に警備隊が刑場の清掃をしていたと聞いていたため、即座にその意味を察知した。
所長から執行の言い渡しを受けた死刑囚が拘置所西の廊下に連行され、約5メートル置きに立つ警備の職員に「お世話になりました」と泣きながら刑場に向かう。
2畳ほどの狭い部屋に入ると、赤いボタンが5つ。うち1つが踏み板を落下させるが、どれが通電するかは金庫のようなダイヤルで決められる。
藤田氏は3番目のボタンの前に立ったが、後日先輩に「気の強いお前にダイヤルを合わせておいた」と言われ、苦笑するしかなかったという。
下には死刑囚の体を抱きとめ、はねたり回転を止める係が。ベテランがあたる難しい役目だが、「もう孫ができる年。勘弁して」と頭を抱える刑務官もいた。
藤田氏によると、執行の手順は残虐性の緩和や尊厳を守るため、こまやかな配慮があるという。
「両手両足の錠は、ばたついて見苦しくならないための措置。ロープの結び目を首の横にするのは落下後、後ろに回って、顔が正面を向くよう計算している」という。
ボタンを押すタイミングも「言い残したいことは?」との問いかけに答え終わってから。途中だと舌をかみ、口から血を流して見苦しくなるからだという。
装置は毎月、作動を確認。砂袋で事前に強度も確認され、床板が落ちなかった場合のために非常用ハンドルもある。実際、刑務官の1人がボタンを押さず、使用されたケースもあった。
執行後、刑務官には精進料理が出て、手当(当時は3000円、現在は2万円)が渡されるが、みな無言。「味気なく、手当もその日中にパチンコで使い切った」
しかし、死刑囚によっては「子供1人を殺し損ねたことが残念」と笑って言い残したり、心情安定の配慮で房内で飼っていた文鳥の首を、執行前にねじ折って殺していたケースもあり、改めて、凶悪さに背筋が凍ることも多かった。
藤田氏は「観念や感情で死刑廃止を論議されても現場は困惑するだけ。終身刑が死刑よりも人道的なのかどうか。論議する前に現場の実情を知ってほしい」と訴える。
少しのスキつけ込まれ…元刑務官激白「塀の中の実態」(下)
「向こうは弱みにつけこんで、脅迫するプロ。安易に私語を交わすと危ない…」
大阪拘置所総務部調査官などを歴任し、30年以上も収容者と職員の癒着と対峙(たいじ)してきた藤田公彦氏(60)=写真=は「塀の中」での暴力団関係者の対応の難しさについて、こう指摘する。
夜間の巡回で収容者の廃棄雑誌でもうっかり手にすれば、「収容者の廃棄雑誌を読んでいいんですか」「上に言いまっせ!」。口止めに雑誌でも差し入れようものなら、たちまち蟻地獄に引き入れられ、別の房の組員らからも「オレにも回さんかい」と続くという。
拒否すれば「出たら(出所したら)、タダでは済まさんぞ」と、どこから得たのか、職員の家族構成まで並べ立てて脅迫。一方で、なだめ役もおり、外部の関係者から小遣いを握らされるというケースもあるという。
かつて大阪拘置所では、たばこ、ライター、果物ナイフ、握りずしからポルノ写真まで持ちこまれ、職員が私信を無検閲で仲介する「伝書バト」行為も横行。組事務所から「チャカ(短銃)持ってこい」と脅された職員もいたほどだ。
拘置所だけでなく、暴力団組員に完全に牛耳られた刑務所もあり、収容者で対立、抗争が起きるケースもあった。
こうした組員に対しても厳しい姿勢で臨んできた藤田氏だが、そのせいか、意外な事実を明かす者もいた。
山口組三代目組長襲撃事件のヒットマンを知る収容者は「彼は射撃の名手だった」と証言。待機場所から12-13分で到着するはずの仲間が渋滞で遅れ、「単独襲撃を決意したが、撃鉄を起こし忘れていたため、急所を外した」という。
一方で、度を超した過酷な対応から恨みを買う職員も多い。受刑者死傷事件を起こした名古屋刑務所では、以前にも官舎に猟銃を撃ち込まれる「報復」が起きており、藤田氏は「『慈』の精神を忘れた結果」と指摘する。
しかし、批判を浴びた革手錠の使用については「銃もなく、警棒も奪われ、革手錠までとられたら、丸裸で凶暴な連中と向き合うことになる」と警鐘を鳴らす。
しばしば人権感覚が問題となるものの、中国人収容者らは「捕まってもホテル並みの生活」と日本での犯罪を軽く見る風潮も指摘されている。
「刑務所側ももっと外部に実情を見せるべき。職員数や予算面からくる現場の苦悩、任務の過酷さなどが周知されれば、今、話題の民間刑務所が持つ危うさなども論議されるはず」と話している。
正直言えば、中編までの死刑関係の話よりも、下編で記されている刑務所・拘置所の実態のほうが長い目で見れば問題でしょうに。
私個人としては、実情を見せるべきと言う意見に大いに賛成します。
被収容者の人権に十分な配慮を行い、施設警備上問題とならないように記事を書いていけば、現役の方がWeb上で実情を語ることに関して問題はないと思います。
ということで、ゲストライターの募集を再開します。
・現役・元職問いません。
・投稿間隔は自由です。投稿内容は即反映されます。
・HNでの投稿OKです。
・プロフィールでの公開レベルも自由です。どこまで晒すかは各ライターの判断にお任せします。
・刑務官・法務教官いずれもOKです。