プリズニーズ株式会社受刑者社会復帰事業部のあり方に疑問

私は元刑務官で、現在はテスト業務を中心としたITエンジニアです。過去にはWeb系プログラマーやネットワーク管理者、はたまたヘルプデスクとしても勤務していました。ちなみに、ITエンジニア8年目です。

プリズニーズ株式会社については、今年の5月にも当サイトの「民間刑務所で Ruby によるソフトウェア開発者を養成、アウトソーシング業務を」で取り上げています。

サイトがリニューアルしてことを知り、改めてプリズニーズ株式会社受刑者社会復帰事業部のページを見ることにしました。刑務作業としてITエンジニアとして通用する教育を受けさせ、出所後の受け皿を提供という理念はよいでしょう。

でも、私個人としては、http://prisoneeds.com/campany2.htmlでの以下の見解は間違いだと思います。

出所後の前科者というのは出所前自ら犯した過ちを「禁固刑」という形で償い終えた人間です。前科者に対し各法人は「償い終えた」人間であるという意識をしっかりもった上でリクルーティング業務を行うべきであると弊社では考えています。 前科者は償い終えたはずの「罪」に出所後に見えない・理解されない・決して癒されることのない「障害」という形で一生涯付きまとわれます。 この「見えない障害」を各法人は充分に理解しサポートしていかなければならないというのが弊社の見解です。

1つめは、「出所後の前科者というのは出所前自ら犯した過ちを「禁固刑」という形で償い終えた人間です。」という表現そのものです。
出所後の前科者というのは出所前自ら犯した過ちを「懲役刑」という刑罰として受け終わっただけです。償い終えてはいません。償いのプロセスの1つを終えたに過ぎません。
他人の命や健康を奪った、他人の財産に被害を与えたといった、他人の権利を直接踏みにじったのであれば、その権利を踏みにじったことに対する償いは必要です。誠心誠意を持ち被害者に償いの心を示す必要があります。薬物使用事犯のように他人の権利を直接は踏みにじっていないといった場合でも、薬物使用により自分自身の健康をむしばんでしまった。健康な身体に生んでくれた親御さんに対する親不孝でしょう。子供や配偶者がいれば、それらの人にも当然迷惑をかけています。特に親の愛を受けるべき時期の子供が、親が服役していることにより親の愛を十分に受けられなかったというのは、子供の人生そのものにも影響が出るのです。それこそ自分の一生をかけて償わねばいけないでしょう。

2つは、受刑者の大半は何度も更生のチャンスを棒に振ってきた人たちです。「何度も更生の機会は与えられながら」で書いたとおりです。
ただ一度の過ちで刑務所に入所といったケースは少ないのです。

受刑者の出所後の受け皿が少なく、その受け皿になってという姿勢は買います。
でも、プリズニーズ株式会社のビジネスモデルとして、人材のリソースを他の会社に提供するのであれば、「出所後の前科者というのは出所前自ら犯した過ちを償おうとしている人」という認識に改める必要があります。その上で、「出所前自ら犯した過ちを償おうとしているプリズニーズ株式会社の人材を活用してください」という方針をとらなければ、提携を考えている企業サイドに理解されないと思います。


ここからは、一ITエンジニアとしての側面から個人的意見を書きます。
まともな(X)HTML書けない会社に、Web系のシステム開発はしていただきたくありません。
まともな(X)HTMLを書けないというのは、W3CのHTML Validatorプリズニーズ株式会社のトップページをチェックさせると、「This page is not Valid XHTML 1.0 Transitional!」と文法的におかしなところがあると指摘されます。しかも、たった1ページで「Validation Output: 75 Errors」と75個ものエラーを出しているのです。
こんなにもエラーがあっても、パソコンのWebブラウザで表示できているのは、ブラウザ側である程度までは表示しようとする実装となっているからです。これがマークアップ言語ではなく、通常のプログラム言語であれば動作しないから修正しなければいけないというのがすぐにわかるのですが。
もはや、インターネットは生活インフラの一つであり、多様な人間に多様な形で利用されています。成人の健常者がパソコンから使っているだけではありません。携帯電話、スマートフォン、携帯ゲーム機、TVゲーム機といったパソコン以外の様々な機器にもWebブラウザが搭載されており、Webページ(ホームページ)にアクセスして情報を得ています。障害者は、ソフト面、ハード面を組み合わせた支援技術を使うことで、インターネットを利用しています。代表例としては音声ブラウザ、スクリーンリーダー経由でWebページの音声読み上げでしょう。人間だけでなく、Googleをはじめとした検索エンジンのロボットもWebページにアクセスします。
Webページが様々な形で使われる以上、活用しやすくするために文法的に正しい(X)HTMLは求められます。

文法的に正しい(X)HTMLが書けるというのはWeb系ITエンジニアとしての基礎中の基礎と考えています。それが身についていないのに、スタイルシートやJavaScriptといったクライアントサイドの言語や、Rubyなどのサーバーサイドスクリプト言語に手を出したところで身につけるのに苦労しますよ。

8月 25, 2007 日記・コラム・つぶやき | | コメント (8) | トラックバック (0)

現役刑務官がブログを書くのであれば

現役の方で、ブログを開設しようと思っている場合に、注意点を挙げます。

自分が現役刑務官であるということをオープンにし、仕事のことを書くのであれば、以下の点を守るようにしてください。
1.自分の勤務施設・氏名が特定されるような要因を完全排除する
2.自分のプライベートについては書かない

ブログはどういった人間が見ているのかわからない。

話は悪いけど、ブログの読者が勤務施設に入所なんてケースもある。被収容者の関係者がブログの読者であるといったこともあるのですよ。
そうなれば、ブログで自分を特定されるようなことを書いていれば、あっという間に弱みを握られることになります。弱みを被収容者に握られれば、どういうことになるのかはわかるかと思います。プライベートのことを出せば出すほど、たくさんの弱みを出していると思ってもイイです。

なぜ書いている人間の勤務施設がばれてしまうのか?
プロフィールとかに直接書いているのは論外として……記事の中やコメントでうっかり書いてしまう。ぶっちゃけ近所に関する地名や店舗が書いてあれば、勤務施設の特定は可能です。

勤務施設にばれた場合、書いてある内容によっては処分の対象になります。過去には受刑者の氏名を書いて国家公務員法に基づく懲戒処分を受けたというのもありましたね。
上司からは間違いなく取調を受けると思っておいてもイイです。

書くのであれば、自分の身は自分で守ることが必要です。
そのために、情報公開のレベルを適切にコントロールするということが要求されます。

8月 5, 2007 日記・コラム・つぶやき | | コメント (8) | トラックバック (1)

同情の余地なし

前のトピックでのコメントがいい加減長くなったのと、当初予想していた犯行理由と大幅に異なっていたため、新しいトピックにします。

前のトピックを書いた当初、私はB級施設にありがちな籠絡事故と見ていました。看守の些細なミスにつけ込んで、最終的に収賄罪に問われるようなケースです。

しかし、初公判が行われ、「当初は冗談半分だった」という陳述があったということで、元看守木幡義美被告に同情の余地などありません。
裁判官が厳しい姿勢で臨むのも当然でしょう。

山陰中央新報の記事より。http://www.sanin-chuo.co.jp/newspack/modules/news/article.php?storyid=866759011

 処遇をめぐり受刑者から現金30万円のわいろを受け取ったとして、収賄罪に問われた大阪刑務所の元看守木幡義美被告(32)=懲戒免職=は27日、大阪地裁(杉田宗久裁判長)の初公判で、「その通りです」と起訴事実を認めた。
 検察側は小遣いに困った木幡被告がわいろを要求し、口止めもしたと指摘。「圧倒的に優位な立場を利用した悪質な犯行だ」として、懲役1年6月、追徴金30万円を求刑した。
 木幡被告側は「当初は冗談半分だった」と述べ、懲戒免職もされていると執行猶予付きの判決を求め、結審した。
 被告人質問では、裁判官から「冗談で済むのか」「立ち直らせるのが仕事じゃないのか」と厳しい言葉も相次いだ。
 論告によると、木幡被告は今年5月、労役作業などの処遇で有利な取り計らいを受けたいという趣旨を知りながら、受刑者だった中島寛仁被告(32)=贈賄罪で起訴=の知人を通じて現金を受け取った。

被告側が罪状を認めているため、初公判で求刑が出ました。懲役1年6月、追徴金30万円です。判決は9月2日。
ただ、日本は金銭に関する犯罪に対しての刑罰が軽いです。よほど社会的地位が高いか金額がでかいかでないと実刑判決が出ない傾向にあります。
官に甘いという部分を差し引いても、猶予になる確率が高いとは思います。懲戒免職(当たり前だけど)という社会的制裁を受けているというのも情状酌量の材料になりますから。
逆に、実刑判決来たら、大阪地裁Good Job!です。

冗談半分で収賄を自ら持ちかけるような看守に執行猶予なんてイラネー!と個人的には思います。

話は変わりますが、
同じ施設で勤務の現役看守が特別公務員暴行凌虐罪で検察の取調を受けたとBlogで堂々と告白してますね。http://ameblo.jp/massazuki/entry-10041513618.html
Blogをさらっと見ましたけど、まあ、よくもここまで自分に関する情報をオープンに出来るんですかねと。こんな調子だと、別件で事故やらかす予感がしますが。

(2007-09-11 追記)
7日に判決がありました。懲役1年6月、執行猶予4年、追徴金30万円。

 大阪刑務所(堺市)の刑務官が処遇に便宜を図る見返りに受刑者側から現金を受け取った事件で、収賄罪に問われた元看守木幡義美被告(32)の判決公判が7日、大阪地裁で開かれ、杉田宗久裁判長は 「崇高な職責を放棄した言語道断の犯行」として懲役1年6月、執行猶予4年、追徴金30万円(求刑懲役 1年6月、追徴金30万円)を言い渡した。
 杉田裁判長は「小遣い欲しさという安直な動機から多額のわいろを受け取った。自己の職責に一片の誇りも感じられない」と指摘。一方で「反省を深めており、懲戒免職にもなった」と述べ、情状を考慮し執行猶予付きの判決とした。

やはり猶予はつきましたか。4年という結構重めのモノですが。
たかが30万円で失ったモノは大きすぎるでしょうね。でも、自業自得ですから。

8月 2, 2007 日記・コラム・つぶやき | | コメント (5) | トラックバック (0)

無期懲役受刑者の仮釈放

まず、日本での無期懲役とは何か?
満期のない懲役刑です。満期がないということは、死ぬまで刑が付きまとうのです。

仮釈放に関する期間的な条件は以下の通りです。

刑法第28条

懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは、有期刑についてはその刑期の三分の一を、無期刑については十年を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放することができる。
少年時に無期懲役の言い渡しを受けた場合は、少年法が適用されます。 少年法第58条
 少年のとき懲役又は禁錮の言渡しを受けた者については、次の期間を経過した後、仮釈放をすることができる。 一  無期刑については七年 二  第五十一条第二項の規定により言い渡した有期の刑については三年 三  第五十二条第一項及び第二項の規定により言い渡した刑については、その刑の短期の三分の一 2  第五十一条第一項の規定により無期刑の言渡しを受けた者については、前項第一号の規定は適用しない。
少年法第58条第2項で書かれている「第五十一条第一項の規定により」というのは、
罪を犯すとき十八歳に満たない者に対しては、死刑をもつて処断すべきときは、無期刑を科する。

したがって、18歳未満の少年で死刑を持って処断すると判断された場合には成人同様10年が期間的な条件となります。

仮釈放による出所後もあくまで「仮」に出所しているのであって、罰金刑以上の刑に問われた場合には取り消されることがあります。取り消されたら、再び刑務所で服役しなければなりません。これは有期刑での仮釈放でも同様ですが、有期刑との違いは、期限がないことです。
刑法第29条より。

次に掲げる場合においては、仮釈放の処分を取り消すことができる。 一  仮釈放中に更に罪を犯し、罰金以上の刑に処せられたとき。 二  仮釈放前に犯した他の罪について罰金以上の刑に処せられたとき。 三  仮釈放前に他の罪について罰金以上の刑に処せられた者に対し、その刑の執行をすべきとき。 四  仮釈放中に遵守すべき事項を遵守しなかったとき。 2  仮釈放の処分を取り消したときは、釈放中の日数は、刑期に算入しない。

現状、無期懲役の仮釈放は20年以上が当たり前になってきています。平成17年の刑法改正で、懲役刑の上限が30年になったこともあり、以前より厳しい運用になっています。

http://d.hatena.ne.jp/youhei2007/20070309から。この数字を見れば、20年以内の仮釈放が非常に困難であるのは読み取れるかと思います。

2000年 仮釈放者7 うち在所20年以内0
2001年 仮釈放者13 うち在所20年以内2
2002年 仮釈放者6 うち在所20年以内1
2003年 仮釈放者14 うち在所20年以内0
2004年 仮釈放者1 うち在所20年以内0
2005年 仮釈放者10 うち在所20年以内0

刑法第28条がさす「改悛の状」というのは何か?

  1. 悔悟の情が認められること
  2. 更生の意欲が認められること
  3. 再犯のおそれがないこと
  4. 社会の感情が仮釈放を是認すると認められること

無期懲役受刑者に関しては4番がネックです。無期懲役を言い渡されるぐらいの重大な罪を犯した以上、社会感情が良くないのは至極当然です。また、身元引受人になってくれる人がいないというのもあります。

未決で長く争っていた(=裁判が長引いた)場合だと、社会から隔離されている期間は長くなります。有期刑にはある未決勾留日数を刑期に算入するというのもないですから。

私は一度だけ無期懲役受刑者の社会復帰カリキュラムに立ち会ったことがあります。保護観察所にいったりしました。その時の受刑者の行動からは、浦島太郎状態であることが漂ってきました。90年代前半でこれでしたから、今だったら、もっとひどいギャップに悩まされるでしょう。

長期受刑者に関する笑えないエピソードに、カップラーメン用のお湯を沸かすための電器湯沸かしポットが使えないというのがあったそうでして。別に使えなくても生きてはいけますが、やはり受刑生活で浦島太郎状態になっているのはわかるかと思います。

20年間以上社会から隔離されているというのは軽い罪なのでしょうか?そして、恩赦による減刑がない限り一生つきまとう刑が軽い罪なのでしょうか?
理論上仮釈放が適用される年数をもって、無期懲役が軽いと風潮するマスゴミや一般人がいますが、非常に浅はかな考えでしょう。

今回の記事を書くにあたっては、「日本の無期懲役とヨーロッパの終身刑の実際~マスコミの責任の大きさ - 日本の無期懲役とヨーロッパの終身刑の実際~マスコミの責任の大きさ無期懲役刑に関する誤解の蔓延を防止するためのブログ」を参考にさせていただきました。

5月 27, 2007 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (0)

自分が見ている以上に見られている

刑務官の仕事は、被収容者を視察することが基本です。

でも、被収容者は刑務官が被収容者のことを見る以上に、刑務官を観察しています。

自分が学生だった頃を思い出してみるとわかると思うのですが、どれだけ学校の先生のことを観察していましたか?そして、観察を行うときにどういうアプローチを取っていましたか?
「あの先生は、こういう行動パターンを取るから、このように接すればいい」
「あの先生は、ああいう人だから適当にあしらっていればいい」etc.
とかって思ったりしたことでしょう。

制服着て被収容者の動静視察を行っているのと同時に、被収容者から行動観察されていると言えるでしょう。特に女子の未決だと人数と行動範囲が限られていることもあって、特に顕著です。

これは、被収容者との関係だけでなく、上司-部下の関係でも同様です。

上の立場にある人間は、自分が見る以上に下の立場にある人間から観察されるモノだと思ってください。

5月 14, 2007 日記・コラム・つぶやき | | コメント (9) | トラックバック (0)

美祢社会復帰促進センター

この4月から被収容者の段階的受け入れが始まっていますね。

昨日、友人とドライブに行ったらたまたま付近を通りかかる機会がありました。

やっぱり場所が僻地だなと思いつつ。自家用車必須ですね。美祢市でもかなり外れの方になります。
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=34%2F12%2F17.729&lon=131%2F7%2F12.964&layer=0&ac=35213&p=%C8%FE%C7%AA%BB%D4%CB%AD%C5%C4%C1%B0%C4%AE%CB%E3%C0%B8%B2%BC&mode=map&size=s&pointer=on&sc=5

コンビニは一応あります。でも、買い物や遊びには非常に苦労しそうです。遊びに出ると行っても、どこに出ればいいのか・・・と大阪生まれな管理人は思いますね。

公共交通に関して言うと、バスが付近を通っているようです。ただし、JRがローカル線である美祢線なので本数が限られています。面会などに行く場合には注意した方が良いです。
美祢線の時刻表は、厚狭→仙崎 仙崎→厚狭です。
あ、美祢線と言ってもそこまでのアクセスがわからないか。山口県内のJR路線図も。

それにしても、友人は刑務所が街中にあると大いに誤解していた様子です。そりゃ、広島刑務所が比較的街中(広島市中区吉島町)にあるからって・・・

見学する機会があれば、友人に連れて行ってもらおうかと思います。

4月 30, 2007 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (0)

元刑務官激白・塀の中の実態

ZAKZAKで3回に分けて掲載された、この3月で定年退職した藤田公彦氏の手記です。

上:http://www.zakzak.co.jp/top/2007_04/t2007040218.html
中:http://www.zakzak.co.jp/top/2007_04/t2007040321.html
下:http://www.zakzak.co.jp/top/2007_04/t2007040429.html

手紙で腐敗見抜き…元刑務官激白・塀の中の実態(上)
死刑廃止論は「現場知らない者の発想」

 「児童8人を殺害した死刑囚は独居房の机を蹴り上げた」「暴力団組長は、すし、たばこを自由に入手」-。大阪拘置所や神戸刑務所など全国の「塀の中」を30年以上も見つめ続けた刑務官が、3月末で定年退官し、不良収容者との対決や腐敗刑務官の摘発、死刑執行の実態などをまとめた手記を2日までに夕刊フジに公開した。元刑務官は「職務や組織の腐敗に苦悩する後輩らを励ますために書いた」と説明しており、論議を呼びそうだ。
 手記を公開したのは、大阪拘置所総務部調査官や神戸刑務所教育部長、滋賀刑務所総務部長などを歴任し、静岡刑務所分類室長を最後に定年退官した藤田公彦氏(60)。
 手記は、藤田氏が民間会社を経て、1973年に刑務官になって以来、30年以上の職務体験を詳細につづっている。
 藤田氏は最近、目立つ拘置、刑務所の不祥事について「昔から存在する構造的問題」と指摘。自らも大阪拘置所では、地元暴力団組長に籠絡(ろうらく)された腐敗刑務官グループの解体に力を注いできたという。
 あるヤミ金融経営の入所者の妻からの手紙を検閲した際は「花子も大きくなりました。シャンプー、アワアワ大好き。最近は厚かましくなりました」「アパートの畳1畳2万円」などとの文面から「花子は特定の職員。ソープランド接待におぼれ、自分から金品をせびり始めた」「たばこの差し入れが1箱2万円」との意味を見抜き、腐敗刑務官を一掃したこともあった。
 こうした厳しい姿勢から、藤田氏は収容者から疎まれ、巡回中に高温の湯茶をかけられたこともあった。ただ、当時の上司も上司で、取り調べの許可を求めても「日曜日くらい、ゆっくりさせんかい」と逆に怒鳴り返され、結局、腐敗刑務官グループの中核メンバーの追及に失敗したという。
 藤田氏は、この結果、複数の刑務官が拘置中の山口組系暴力団関係者から謝礼を受け、見返りに組長を監視カメラのない独居房に移す収賄事件が昨年、発覚する事態になったと結論づける。
 手記の中で藤田氏は、ベールに包まれている死刑囚らの様子も詳述している。2001年、大阪府内の小学校で児童8人を殺害するなどした死刑囚=執行済み=を大阪拘置所に収監した際には「絶対に自殺させるな。(法務)大臣のクビが飛ぶ」と異例の指示があった。
 この死刑囚は、監視カメラ付きの独居房に入れられていたが、収監時、机代わりの段ボール箱を蹴り上げ、悪態をついたのが印象深かったという。
 しかし、藤田氏は長年の勘から「自暴自棄を他人への危害で表現するタイプと直感し、自殺の恐れはないと判断した」と振り返る。
 藤田氏は、この死刑囚の執行には立ち会っていないものの、自身がかつて臨んだ死刑執行と照らし合わせ、安易な死刑廃止論には「現場を知らない者の発想」と述べ、こう批判する。
 「もし、死刑が廃止されたら、彼らは刑務官を平気で殺傷して脱走を図るようになる」


死刑執行、その瞬間は…元刑務官が激白(中)

 赤いランプがともると、「押せ」との命令。躊躇(ちゅうちょ)せずにボタンを押すと、空気が抜ける音と同時に90センチ四方の床板が抜け、死刑囚は落下していった。
 神戸刑務所教育部長などを歴任し、3月末で定年退官した藤田公彦氏(60、写真)は自ら執行した死刑を振り返る。
 児童8人殺害の死刑囚の収監にも立ち会ったが、自身は初任の大阪拘置所の勤務3、4年目で、70代の男性死刑囚の執行にあたった。
 夜勤明けの午前8時半、数人が名前を呼ばれ、待機命令が出された。前日に警備隊が刑場の清掃をしていたと聞いていたため、即座にその意味を察知した。
 所長から執行の言い渡しを受けた死刑囚が拘置所西の廊下に連行され、約5メートル置きに立つ警備の職員に「お世話になりました」と泣きながら刑場に向かう。
 2畳ほどの狭い部屋に入ると、赤いボタンが5つ。うち1つが踏み板を落下させるが、どれが通電するかは金庫のようなダイヤルで決められる。
 藤田氏は3番目のボタンの前に立ったが、後日先輩に「気の強いお前にダイヤルを合わせておいた」と言われ、苦笑するしかなかったという。
 下には死刑囚の体を抱きとめ、はねたり回転を止める係が。ベテランがあたる難しい役目だが、「もう孫ができる年。勘弁して」と頭を抱える刑務官もいた。
 藤田氏によると、執行の手順は残虐性の緩和や尊厳を守るため、こまやかな配慮があるという。
 「両手両足の錠は、ばたついて見苦しくならないための措置。ロープの結び目を首の横にするのは落下後、後ろに回って、顔が正面を向くよう計算している」という。
 ボタンを押すタイミングも「言い残したいことは?」との問いかけに答え終わってから。途中だと舌をかみ、口から血を流して見苦しくなるからだという。
 装置は毎月、作動を確認。砂袋で事前に強度も確認され、床板が落ちなかった場合のために非常用ハンドルもある。実際、刑務官の1人がボタンを押さず、使用されたケースもあった。
 執行後、刑務官には精進料理が出て、手当(当時は3000円、現在は2万円)が渡されるが、みな無言。「味気なく、手当もその日中にパチンコで使い切った」
 しかし、死刑囚によっては「子供1人を殺し損ねたことが残念」と笑って言い残したり、心情安定の配慮で房内で飼っていた文鳥の首を、執行前にねじ折って殺していたケースもあり、改めて、凶悪さに背筋が凍ることも多かった。
 藤田氏は「観念や感情で死刑廃止を論議されても現場は困惑するだけ。終身刑が死刑よりも人道的なのかどうか。論議する前に現場の実情を知ってほしい」と訴える。


少しのスキつけ込まれ…元刑務官激白「塀の中の実態」(下)


 「向こうは弱みにつけこんで、脅迫するプロ。安易に私語を交わすと危ない…」

 大阪拘置所総務部調査官などを歴任し、30年以上も収容者と職員の癒着と対峙(たいじ)してきた藤田公彦氏(60)=写真=は「塀の中」での暴力団関係者の対応の難しさについて、こう指摘する。

 夜間の巡回で収容者の廃棄雑誌でもうっかり手にすれば、「収容者の廃棄雑誌を読んでいいんですか」「上に言いまっせ!」。口止めに雑誌でも差し入れようものなら、たちまち蟻地獄に引き入れられ、別の房の組員らからも「オレにも回さんかい」と続くという。

 拒否すれば「出たら(出所したら)、タダでは済まさんぞ」と、どこから得たのか、職員の家族構成まで並べ立てて脅迫。一方で、なだめ役もおり、外部の関係者から小遣いを握らされるというケースもあるという。

 かつて大阪拘置所では、たばこ、ライター、果物ナイフ、握りずしからポルノ写真まで持ちこまれ、職員が私信を無検閲で仲介する「伝書バト」行為も横行。組事務所から「チャカ(短銃)持ってこい」と脅された職員もいたほどだ。

 拘置所だけでなく、暴力団組員に完全に牛耳られた刑務所もあり、収容者で対立、抗争が起きるケースもあった。

 こうした組員に対しても厳しい姿勢で臨んできた藤田氏だが、そのせいか、意外な事実を明かす者もいた。

 山口組三代目組長襲撃事件のヒットマンを知る収容者は「彼は射撃の名手だった」と証言。待機場所から12-13分で到着するはずの仲間が渋滞で遅れ、「単独襲撃を決意したが、撃鉄を起こし忘れていたため、急所を外した」という。

 一方で、度を超した過酷な対応から恨みを買う職員も多い。受刑者死傷事件を起こした名古屋刑務所では、以前にも官舎に猟銃を撃ち込まれる「報復」が起きており、藤田氏は「『慈』の精神を忘れた結果」と指摘する。

 しかし、批判を浴びた革手錠の使用については「銃もなく、警棒も奪われ、革手錠までとられたら、丸裸で凶暴な連中と向き合うことになる」と警鐘を鳴らす。

 しばしば人権感覚が問題となるものの、中国人収容者らは「捕まってもホテル並みの生活」と日本での犯罪を軽く見る風潮も指摘されている。

 「刑務所側ももっと外部に実情を見せるべき。職員数や予算面からくる現場の苦悩、任務の過酷さなどが周知されれば、今、話題の民間刑務所が持つ危うさなども論議されるはず」と話している。


正直言えば、中編までの死刑関係の話よりも、下編で記されている刑務所・拘置所の実態のほうが長い目で見れば問題でしょうに。

私個人としては、実情を見せるべきと言う意見に大いに賛成します。
被収容者の人権に十分な配慮を行い、施設警備上問題とならないように記事を書いていけば、現役の方がWeb上で実情を語ることに関して問題はないと思います。

ということで、ゲストライターの募集を再開します。

・現役・元職問いません。
・投稿間隔は自由です。投稿内容は即反映されます。
・HNでの投稿OKです。
・プロフィールでの公開レベルも自由です。どこまで晒すかは各ライターの判断にお任せします。
・刑務官・法務教官いずれもOKです。

4月 5, 2007 日記・コラム・つぶやき | | コメント (4) | トラックバック (0)

手書きする力

今は手書きをする機会ってあまりないかと思います。

メールだってケータイやパソコンですし。
大学や会社でも、絶対手書きで!というのは限られているかと思います。
ちなみに管理人は、よほどのことがない限りはすべてパソコンベースです。なので、たまに手書きをしなければいけない状況になると、「えーっと、あの漢字は・・・」という羽目になりがちです。

しかし、刑務官の世界では手書きで物事を伝えなければいけない場合が多いです。

日常業務で言えば、現場レベルでの引継ぎ事項はメモ紙(ノートの場合もある)に手書きです。代表的なのは、舎房で夜勤→日勤で担当に引き継ぐときなどは、メモ書きの内容は重要です。要注意者の動静であったり、夜間の体調不良の申し出・投薬ですね。

研修日誌とかは今ってパソコンですかね?
私がいた頃は、自庁研修時や集合研修時は手書きでした。

あと、お偉いさん向けの業務日誌も手書きでしたね。あと、拘置所時代に自所執行の受刑者の生活指導の一環で生活ノートみたいなのを書かせて、それに対するコメントを担当さんが自筆でかかれていましたね。

手書きの時に、やたらひらがなばっかりとか漢字間違えるとか恥ずかしいですよ。

新拝命の方で、手書きする習慣がない方は今のうちに手書きすることに慣れておいた方が良いかと思います。

3月 19, 2007 日記・コラム・つぶやき | | コメント (2) | トラックバック (1)

共同生活お金事情

官舎で共同生活をするに当たって、「お金」の問題は避けて通れません。

共同生活の場合、以下の料金は少なくとも部屋単位で払うことになるので、その負担はどうするのか?という話です。

・電気
・水道
・ガス

月々一定金額を出してそこから支払いをするのか、払った後で精算するかは同居人次第です。私の時は、一定額ずつ出し合っていましたね。3人暮らしで1人あたり月2000円ぐらいだったかなぁ。
支払い方法は、必然的にコンビニ振替(振り込み)用紙になります。口座引き落としだと口座持っている人がいなくなったときの問題がありますから。誰が振り込みをするのかは、同居人次第です。

最近だとインターネットの回線を同居人と共有するという話も聞きます。こういう場合、回線名義は同居人になっているでしょうけども、共有しているのであれば相応の負担は必要だと思います。

同居人がいない場合でも、独身寮に入っていると、共有スペース(踊り場・廊下部分の電灯)の電気代の支払いがあります。これに関して言えば、集金係の人がいるので、その人にお金を預けて、支払いをしてもらうというパターンになるかと思います。

お金のことで同居人ともめることのないようにしたいものですね。

3月 8, 2007 日記・コラム・つぶやき | | コメント (6) | トラックバック (0)

注意することの難しさ

刑務官の仕事を辞めてから、仕事上であまり人に対して指導するという機会はなかったです。

管理人は派遣で働いているのですが、人の入れ替わりが激しいのと歳食ってる(今年の誕生日で35になりました)関係で、派遣で入ってくる新人の指導役をする羽目に。

ところが、その新人にはいろいろと問題があります。
・まともな職歴がない(しかもどっかの学校を中退している)
・同じことを何度も言わせる
・言われたことをメモしない
・よく欠勤する
・向上心がない
・かわいげなし

先週の木曜日にあまりにもひどいので、ちょっときつめに指導したら、翌日から会社に来なくなって、今日は欠勤の連絡すらしていない状況です。(ちなみに、以前に軽く指導したことがあります。)
きつく言いすぎたのかとこっちが逆に落ち込んでしまいます。

干支でちょうど一回り下にあたるので、香具師からすると、小姑が何か言ってるよ、おいって感じなのかなとも思ったり。のれんになんとかっていうような。

注意する側がよかったつもりでも、相手に伝わらなければダメな注意・指導でしかないですし。
ホント難しいモノです。 

2月 20, 2007 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (0)

女子施設の大変さ

今月の刑政(平成19年2月号)で、新法に以降した後の栃木刑務所のレポートが掲載されています。

職員状況はやっぱり芳しくないというのが実情ですかね。私の拝命施設でも同様なのですけども。
産休・育休・研修で2割いないというのは、女子施設で勤務したことのある方ならわかるかと。

年代のアンバランスもやはり変わらずというところです。10年選手でもあっさり辞めていくので、なかなか人が育たないのも実情です。ごく一部の人間だけが残っていくというのが現状でしょう。
若手職員にとってのメンター役となれる人材が少ないのも痛いかと思います。メンター役となれる20代後半~30代の人たちが、なんだかんだと理由をつけて辞めていきますし……(と辞めた人間が言うべき台詞じゃないか)。

保安面での不安に関して言うと、女子の場合は半開放が中心です。受刑生活が始まって、大きなトラブルを起こさなければ、半解放の舎房に入れますから。そして塀もあまり高くありませんこれは男子施設で勤務している方からすると信じられないのでしょうけどね。

私物の管理もずいぶんと変わったなと印象を受けます。基本的には自分で管理するということから、自分を律しなければいけないですね。些細なことかもしれませんけど、自分を律するために自分の物は自分で管理するというのは重要な習慣の1つだと思います。
ガチガチに規則ずくめでは、言われるがままにしか行動できない人間になってしまうと思うのです。現役の頃、「こんなにガチガチに規則ずくめの受刑生活の後、社会に戻って、彼女たち(被収容者)は適応できるのか?」と、非常に不安に感じていました。

大変だから辞めるという悪循環から抜けられるのはいつのことなのでしょうかと思いますね。

2月 18, 2007 日記・コラム・つぶやき | | コメント (6) | トラックバック (0)

よいお年を

年末年始シフトに入ってますが、いかがお過ごしでしょうか。

31日の夜勤、特に1:30までの勤務の場合は、普段の消灯時間以降にもラジオが流れたりといつもとは違います。

今年は、新法施行という大きな変化がありましたね。
新法による効果が出てくるのは、長い目で見ないといけないかと思います。

それと、正直桑野事件にまいったなという感じです。個人的に同じ施設に勤務していた人間による犯罪だったんで。
28日の公判で懲役3年の求刑があったそうで、来月中にも1審判決がでるかと。

来年はPFIによる刑務所も開設されることですし、また変わっていくのかなと。

雑文になりましたが、みなさん、よいお年を。

12月 30, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (0)

3連休

世間でいうところの3連休、日勤者にとっては嬉しいモノです。3連休になるのですから。

夜勤者には無縁です。4日に1度の夜勤がありますから、3連休はとれません。お偉いさんで運悪く当直にあたったときも勤務ですね。

逆に世間でいうところの4連休以上になると、日勤者にとってはありがたくない状況になります。日勤での出勤が入るからです。さすがに、連休の間ずっと戸外運動や入浴させないわけにはいけませんからね。

3連休中の人は有意義に過ごして下さいね。

11月 4, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (4) | トラックバック (0)

2つの自殺と刑務官の仕事

大阪拘置所での収賄事件で看守部長が自殺。これは前のトピックのコメントで取り上げています。

岐阜刑務所でも、刑務官の自殺がありました。
Yahoo!トピックスから。ソースは時事通信。

刑務官が自殺=職場で悩み抱える?-岐阜

 3日午後4時50分ごろ、岐阜県郡上市和良町土京の国道脇で、男性が車にもたれ掛かって死んでいるのを、通り掛かった男性が発見、郡上署に通報した。死亡したのは同県美濃加茂市に住む岐阜刑務所刑務官(45)で、車内の取っ手にロープを掛けて首をつっていた。
 同所は男性が自殺したとみて調べている。
 調べによると、男性刑務官が1日夜、帰宅しないため、家族が加茂署に届け出た。家族の話では、男性は、同僚らから職場のトラブルについて疑いを掛けられていると漏らしていたという。

岐阜刑務所といえば、先月刑務官の個人情報が受刑者に漏れていたという話がありましたね。
それがらみでおそらく施設側から取調を受けていたのではないかと思います。


さて、刑務官の仕事とは何でしょうか。
まず、法務省矯正局の刑務官採用試験のページを見てみます。

やさしさと厳しさをもって,罪を犯して収容された人に,考え方・ものの見方のアドバイスや悩みごとに対する指導などを通して,再び過ちを繰り返さないよう指導することを使命とし,併せて刑務所・拘置所等の保安警備の任に当たります。

まあ、間違ってはいません。説明不足ですけど。

「再び過ちを繰り返さないよう指導すること」
それは、受刑者に生きて更生してもらうことを意味します。更生へのプロセスで罪の償いというのも出てきます。
未決の場合、矯正教育を施すことはできません。ただ、収容されている間に罪の償いをする意識が出てくることもあります。

そして、保安警備という観点からみます。
刑務所であれば、受刑者に対する懲役刑・禁錮刑の執行がメインです。
拘置所であれば、勾留の執行場所を提供し、未決被収容者に裁判を受けてもらうことがメインになります。
どちらにしても身柄の確保ですよね。
だから、被収容者に自殺既遂されるというのは非常にまずいことなのです。

前のトピックのコメントでも書きましたが、
刑務官というのは、被収容者に生きることを強要する立場なのですよ。
死刑確定囚に対しても、死刑執行命令書による刑の執行を為すまでは生きてもらわないといけないのです。
施設内で勝手に死ぬことを許してはいけない立場なのです。


私自身、自殺未遂の経験があるので、あまりえらそうには言えない。
やらかしたとき、自分の立場のことなど全く考えていなかった。
家族や友人達が悲しむであろうことなんてこれっぽっちも考えていなかった。
とにかく自分を取り巻く状況から逃げたかった。
本当に身勝手だった。

この2つの自殺で取り残されたご家族の方は、どのように思っているのだろうか。
それを思うと、非常に胸が痛む。
そして、自分がいかに愚かであったことをも痛感するし、刑務官の仕事を続ける資格などなかったというのも痛感している。

辛くなって、本当に仕事を続けられないのなら、刑務官の仕事から逃げてもいい。
もし、刑事罰を犯してしまったら、それは生きることで償って欲しい。
でも、生きることから逃げないで欲しい。

10月 4, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (4) | トラックバック (1)

やらかしまくりな岐阜刑務所

ソース:http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060916i306.htm
記事のタイトルは、「刑務官の個人情報、受刑者に漏れる?…岐阜刑務所」

 岐阜刑務所(岐阜市則松)で、刑務官の個人情報が受刑者に漏れていた疑いが強まり、名古屋矯正管区が調査に乗り出していることが16日、わかった。
 漏れたのは刑務官の氏名など。
 服役中の男性受刑者が口にしていたとの情報に基づき、この受刑者の独居房を調べたところ、持ち込みが認められていない腕時計や菓子も見つかった。
 刑務官の個人情報は、家族らに危険が及ぶ可能性があるため慎重に管理されている。同管区は、刑務官が便宜を図った可能性があるとみて、国家公務員法違反の疑いでこの受刑者や複数の刑務官から事情を聞いている。
 同刑務所では今年1月、20歳代の受刑者の独居房内で布団などが焼けるぼやが起き、房内から持ち込みが認められていない簡易ライターが見つかった。受刑者は器物損壊容疑で岐阜地検に書類送検されたが、ライターを持ち込んだ経緯は判明しなかった。

まず、刑務官の個人情報が漏れていた件について。
記事中にも触れられているとおり、刑務官の個人情報は刑務官個人だけでなく、家族にも危険が及ぶ可能性があるため、厳重に管理されています。仕事を遂行するにあたって、被収容者に対して自ら名を名乗ったりしません。俗に言う「お礼参り」への対策です。
被収容者と会話をする場合には、自分自身や組織内の人の個人情報につながるようなことは一切しゃべらないことが鉄則です。聞かれたとしても、答える必要はないし、ましてやベラベラと自らしゃべるのは論外です。

禁制品が房内に持ち込まれていた件について。
腕時計、お菓子、簡易ライターといったモノが持ち込まれていたと言うことは、ハト行為の可能性が高いかと。捜検していれば当然発見できるモノですから。

ほんと、もう何やってるんだか……大阪拘置所の事件が先月発覚して、今月は岐阜刑務所か。

9月 17, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (0)

若手にとっての中等科

中等科のシーズンですね。
私が中等科行ってからもう10年ですか。うーん、あのころは若かった。若気の至りでなんてこともやりましたけどね。

読者の方もご存じの通り、拝命3年目で中等科に行きました。
中等科に来る人というのは、私みたいに現場経験が浅い方からもう看守部長になっている方までいろいろです。

初等科との違いというのは、あります。
1つは学科で演習や討論形式の講義が入ってくることですね。
初等科の時は、ひたすら講義を聴き、最終的にはテストという形でしたけども、中等科ではレポート提出とかも増えてきます。

術科についてもよりレベルの高い内容になってきます。特に集団行動訓練で実感するかと。管区査閲式があるのは初等科同様です。(私の時は、研修支所移転イベントでなかったのですが……)

そして、最も大きな違いは、先ほどもちょっと触れていますが、研修生の現場経験のレベル差が大きいことです。若手にとっては、他施設の事情を聞くだけではなく、中堅・ベテランの人にいろんなことを学ぶいい機会になります。そして、こういった人たちと中等科同期としての絆を築くことができる、またとない機会です。そのときに築いた絆は、後に上の立場となって施設に着任したときに大きな助けとなるかと思います。

あ、そうそう。日頃の勤務の辛さから離れる期間でありますが、研修期間中に羽目を外しすぎないように。
過剰収容で職員のやりくりが大変な中で、施設から集合研修に出してもらっているのですから。

9月 7, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (10) | トラックバック (0)

1人の愚か者のせいで全体が悪く見られる

今月、私の元勤務施設での籠絡事故が大々的に報道されてしまいましたね。
被疑者とは夜勤部での面識がありました。

弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」でこんなこと書かれてます。

大阪拘置所の職員による事件に見られるように、賄賂をとったりすることについては要領が良いようですが、仕事の要領は悪い職員が多いようでもあり、起きるべくして起きた事件、と言えるでしょう。

起きるべくして起きたって、刑務官のモラルは低いということでしょうか。

まあ、私が現役時代に出会った男子刑務官にもモラル低い人いましたけどね。暴力沙汰の噂は女区にいる私にも聞こえてきたりしていたし。初等科の同期が独身寮で万引きして退職に追い込まれたとかというのもありましたっけ。

桑野被疑者が刑務官として絶対やってはいけないことをしたのは事実なのでしょうけども、一舎房担当の判断だけで、カメラ房から非カメラ房へ転房というのはありえないですね。区長が舎房担当のいうことを丸飲みしたんでしょうかね?

賄賂としてもらった自家用車を乗り付けるような人には見えなかったんだけどな。2chでは無免許で逮捕経験もあると書き込みがありましたね。
どのみち、刑務官人生は終了。本人は自業自得で片づけるとしても、ご家族のことを考えると痛ましいですね。

いずれ、大阪拘置所に収監されることになります。桑野被疑者は柔道での武道拝命者で、若手に対してはそこそこの力をもっていると思われます。処遇にあたられる方は、くれぐれも弱みをつけ狙われることのないようにして欲しいです。これは舎房正担当だけでなく、交代担当や、夜勤者にも当てはまります。

現役の方も、志望する方も、たった1人の愚かな行為で、刑務官全体が悪く見られるというのは肝に銘じておいて下さい。

8月 29, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (21) | トラックバック (0)

あの日から1年

丼1杯分の薬をoverdoseして、たつみさんが逝去してから丸1年が経ちました。
私は相変わらず、安定剤や眠剤の投薬を受けています。
でも、辛いことがあっても、絶対overdoseはしないと自分自身に言い聞かせています。
世の中辛いことばかりじゃないし、自殺することで悲しむ他人がいることの存在を知った以上、細々でもいいから生き抜きたいと。

さて、1年経ったことですし、ライターの募集をします。
記事を書いてもらうにあたっては、匿名(ハンドルネーム)でかまいません。
どこまで個人情報をオープンにするかはライターさんの自己判断にお任せします。
投稿した時点で即このBlogに反映するようにします。
投稿間隔も問いません。だいたい、管理人自体が投稿間隔バラバラなんで。

ライターの条件ですが、
女性で矯正職の経験がある
・現職/元職は問いません

我こそはと思われる方は、簡単なプロフィールとこのBlogのネタになる文章を添えて私宛にメールを下さい。翌日までには返信します。
メールアドレスはwoman_jailerあっとまーくyahoo.co.jpです。あっとまーくは記号に変えて送って下さい。

8月 26, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (2) | トラックバック (0)

女子刑務官24時

今週号の週刊女性で和歌山刑務所の特集が6ページにわたって組まれています。

もう少し、刑務官側のタイムテーブルを書いてくれると嬉しかったのですが、夜~朝の工場出役の時間帯にも触れて書かれている点では貴重な記事だと思います。

刑務所勤務は新人時代の1年ちょっとしかしなかったので、あんまり工場とか入れなかったしなー。早出もほとんどなかったですね。

7月 19, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (0)

真っ赤な表紙の名簿

今日、仕事から帰ってきたら、玄関先にヤマトのメール便が放置プレイされてた。

中身は、真っ赤な表紙。今年度版の矯正職員録だった。
梱包料とあわせて1400円なりよ。

勤務していた施設の所見たら、知っている名前の少ないこと。女子の世界だから仕方ないねーと思いながらも複雑な気分。もう退職して、ウン年になるからしかたないんだけど。

男子で、初等科や中等科の同期には、本省で係長やっているとか、大規模施設の統括やっているとかいるけどね。

管理人は退職会員ですけど、登載されていませんのであしからず。(退職会員には、問い合わせのハガキが来ていて、名簿に登載するかどうか選べるのですよ。)

それにしても、あんな名簿を玄関先に放置プレイするとは……配送料高くなってもいいからちゃんと宅急便にしてほしいなと思った。

6月 29, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (0)

お久しぶりです

お久しぶりです。
書いていない間に新法が施行されましたね。
実運用が始まって1ヶ月弱になりますが、いかがでしょうか?

まだ運用が始まったところですし、とまどう部分もあるかとは思います。
事前に研修はたっぷり受けているとは思うのですけど、いざ実運用となると勝手が違いますからね。

今は受刑者に対しては新法が適用されていますけど、未決には監獄法ベースの法律が適用されている状態なので、運用する側もされる側も過渡期な状態かな。

過渡期の苦労がいつか報われる日を。

6月 19, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (0)

ネクタイピン

女子刑務官の場合、刑務官になって初めてネクタイを締める方もおられるかと思います。

ネクタイって、ただ締めているだけだと動いているうちにまっすぐじゃなくなるんですよね。
安物でもいいので、ネクタイピンは必須です。女性用のシャツを着用している場合、左右逆になりますけど、あくまでネクタイを止めるためだと割り切りましょう。
被収容者は思っている以上に職員のことを観察しています。服装にスキを見せないように。

そういや、民間企業でもスーツのジャケット脱いだときに、ネクタイをぶらぶらさせている男性をよく見かけますが、アレはだらしないですね。

4月 4, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (8) | トラックバック (0)

官舎での新生活、どんな家電が必要?

4月1日付で拝命する方は、そろそろ新生活への準備に入っているかと思います。

さて、官舎で新生活を始めるにあたって、どんな家電が必要になってくるかは、1人で住めるか、先輩と一緒に住むかで変わってきます。

1人で住むことになった場合は、普通の1人暮らしに必要なものをそろえる必要があります。
これまで親元で生活していた場合、そろえるのにそれなりのお金が必要になりますので気をつけて下さい。1人暮らし向けのものを新品でそろえる場合は、最低でも20万ぐらいは見ておいたほうがいいです。

先輩と住むことになった場合は、冷蔵庫と洗濯機と炊飯器はあります。電子レンジも女子だからあるかと思います。
掃除機とアイロンは自分で用意したほうがいいかと思います。
テレビは微妙です。入る部屋によっては、部屋にアンテナ端子がない!なんてことも充分あり得ます。
それと、天井からつるす蛍光灯があるかどうかは要チェック。ないと、入居後に夜真っ暗なんてことに……
冷暖房ですが、4月拝命だったらあわててそろえる必要ないです。

ということでGood Luck!

3月 7, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (9) | トラックバック (0)

死刑囚処遇も見直しへ 接見・文通の要件明確化

共同通信から。

 8日の法制審議会では法務省が、判決確定前の容疑者・被告の取り扱いを見直す今国会での法整備に伴い、法的地位が不明確な死刑囚の処遇も刷新し、あいまいな通達に基づいて制約を受けている接見・文通の要件を法律に明記する方針を示した。
 具体的には、現行でも接見・文通できる「親族」「心情の安定に資する相手」に加え、「訴訟遂行や事業維持など重大な用務処理で連絡が必要な場合」も認めることを検討。必要性は拘置所が判断することになるが、市民団体の関係者なども認められる余地が出てくる。
 刑務所・拘置所の運営は1908年制定の監獄法が根拠。「収容者の権利・義務が不明確」との批判を受け、受刑者の処遇については昨年、法整備されたが、刑の執行を受ける前の立場にある死刑囚には、監獄法の適用が続いている。

私自身は死刑確定囚の処遇やったことないけど、死刑確定囚の処遇があいまいな通達の基で行われているというのは否定できないところ。

2月 9, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (1)

消えちゃったかなぁ……

良質な記事を書かれていた「闘う刑務官」のBlogが消えてしまったみたいです。
そこそこのキャリアをお持ちの現職の方が書かれていた貴重なBlogだっただけに非常に残念です。

職場バレしたのかな……心配です。

鳥取刑務所の不祥事のあとにも、情報流出があったとかなかったとか。
仕事を自宅へお持ち帰りして、自宅のPCへデータを入れたらウイルスに引っかかって流出したとか?
挙げ句の果てにはインターネット使用禁止令が出たとか出ないとか?

何かあると規制することしか能がない業界ですからね……

2月 8, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (10) | トラックバック (0)

「福島刑務支所実録立ち上げ奮戦記」を読んで

この記事は刑政の2006年1月号に掲載されています。

女子施設としては7つ目のもので、福島刑務所の支所として昨年開設されました。
収容定員は500名(既決:490名、未決:10名)です。
職員は定員が84名で、昨年の9月末現在では79名(-5名)です。

記事を読んでいて、開設準備はもちろん大変だったと感じていますが、私自身は開設後の運用状況を見て、いろいろと驚きました。

他の女子施設と大きく違うのは、
1.若くて拝命が浅い職員が3分の2近くを占めている。
9月12日付の統計をひもといてみます。支所全体での数字ですから、男子職員や幹部もこの中に含まれています。したがって、処遇の現場では、若くて拝命の浅い職員が中心層を占めていると思います。

年齢層では、
・18歳〜20歳:29%
・21歳〜30歳:40%
------------------
・31歳〜40歳:15%
・41歳〜50歳:13%
・51歳〜60歳:3%

勤続年数では、
・1年未満:37%
・1年以上3年未満:22%
・3年以上5年未満:10%
------------------
・5年以上7年未満:5%
・7年以上10年未満:4%
・10年以上20年未満:8%
・20年以上:14%

こういう人員構成故、一般職員で工場担当経験者も2名しかいないという現状です。工場は、観察工場・洗濯工場+生産工場3つの合わせて5つですね。
他の女子施設だったらまだまだ夜勤者としてやっているところを工場担当クラスに抜擢しているでしょうから、大変だと思います。

2.夜勤部長がいない
夜勤者看守にとっての夜勤部長は単なる仕事上の上司だけでなく、精神面での支えにもなる存在です。ちょっとしたトラブルがあれば、看守部長に来てもらって……というのが他の女子施設だけでなく、男子施設でもおなじみのパターンだと思うのですが、これが通用しません。
ちょっとしたトラブルの処理も監督当直者があたっているとのことなので、夜勤者、幹部もどちらも大変だなと感じます。

3.受刑者自身による物品管理
福島刑務支所では、受刑者各人に鍵付きの個人ロッカーを貸与してます。ロッカーの大きさは、40cm×30cm×40cmだそうです。
・写真、書信、日用品の所持数制限なし
・郵券(切手・郵便書簡・ハガキ)の自己管理
個人的には、郵券の自己管理は拘置所時代に経験しているので驚かないのですが、写真、書信、日用品の所持数制限なしには驚かされました。捜検しては、「持ちすぎ!」と指導しなくてもいいのですよ。一昔前だったらとても考えられないですね。

開設してまだ1年も経っていない施設なので、運営についてはまだまだ手探りな状態だと思います。そして、女子施設特有の人材問題にもいずれぶち当たると思います。そのときに乗り切れる状態に持っていけるのかが大きな課題だと思います。

1月 17, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (7) | トラックバック (0)

ITなんてもろい

闘う刑務官!−新しい刑務所の記事によると、PFI方式を採用する美祢社会復帰促進センター(山口県美祢市)では、ICタグによる遠隔監視や扉の遠隔操作などのIT技術が導入されるということですが、これには正直不安を感じざる得ません。
IT業界で働いているから痛感するのですが、ITというのはものすごくもろいものです。ハードウェアは3〜5年程度しか持ちません(故に、ハードウェアの取り替えは発生します)。制御ソフトウェアのバグも考えられます。ネットワークの障害も考えられるでしょう。受刑者各人の衣服に取り付けるICタグの故障も充分考えられます。
が、なんといっても怖いのが停電です。ITというのは電気というインフラに非常に依存しています。停電したら警備システム全てがおシャカになりかねません。こういった非常事態まで想定しているとは考えづらいです。
社会復帰促進センターと名乗ることになりますが、実質は刑務所です。逃走事故は絶対に許されません。IT技術を導入したことが逃走事故を誘発する原因にならなければ良いのですが……

1月 16, 2006 日記・コラム・つぶやき | | コメント (6) | トラックバック (1)

何度も更生の機会は与えられながら

受刑者に対してどのようなイメージを抱きますか?
報道だと生命犯に関するものが非常に多く、刑務所もそのような人間が多くを占めている……

んなわけない。

実際に刑務所に収容されているのは、覚せい剤取締法違反とか窃盗とかのほうが遙かに多いです。これらの犯罪は常習性が非常に高いものです。
最初は警察に逮捕されて、微罪処分や不起訴処分。それらですまなくなったら起訴して拘置所行き。拘置所に収容されて執行猶予もらう。でもまたやらかして執行猶予取り消しされて刑務所行き。ひどいのになると、少年院収容歴もあったりします。

そう、何度も更生する機会を与えられながら、それをふいにしている受刑者がなんと多いことか。刑務所に入るのが初めてという受刑者でもこのようなのが多いのが現状です。

来年5月には新法の施行となりますが、どこまで成果があげられるかが試されると思います。
そういや、巡回先の情報によると、新法の具体的な運用方法が決まったらしいですね。

12月 12, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (21) | トラックバック (1)

現在の成人矯正教育に足りないもの

それは、犯罪被害者からの視点です。

昨日、報道ステーションで福島刑務所の話題が出ていましたね。
メインの話題的には、交通事故(業務上過失致死)で息子さんを亡くされた父親が、受刑者に対する想いを話したり、実際に一部の受刑者の前で講演したりと言ったものでした。ちなみに、加害者は執行猶予の判決を受けています。

現在の成人矯正教育のメインは、刑務作業です。刑務作業を通じて、労働意欲をもり立て、それを更生の心につなげるというものです。何かを教え諭すという機会は思うほどありません。
また、何らかの形で自省する機会はほとんど与えられていないし、時間もさほどとれないのが現状です。これが少年矯正教育との決定的な違いです。成人だから自発的に自省するかと言えばNoです。

今の制度では、犯罪被害者といえど、親族でなければ面会・手紙の発受信はままならないのが現状です。親族以外に対しては、特別面会とか特別発信といった形で実施しているのが現状です。

人って忘れっぽいものです。殺人・強盗などといった重大な出来事を犯した人間でも、時間とともにそのことを忘れていってしまいます。恐ろしいことなのですが。
長い受刑生活の中で、所内で事故(規則違反)を起こさないようにと考えるだけになってしまうのです。

薬物使用事犯のように他人に対する直接的な被害を与えていない受刑者も多数いるのですが、刑務所に収容されることで周囲の人間は深く傷ついてしまいます。薬物を使用することで、自分自身の身体をボロボロにしていく。周囲だけでなく自分自身も被害者と言えると思います。

職業柄、被収容者側の視点から物事をとらえがちです。が、収容に至る経緯をつかみ、その先にいる被害者や周囲の人間の視点からも物事をとらえることが求められると思います。

11月 30, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (8) | トラックバック (0)

中等科不合格

まず、管理人の簡単なプロフィールを。
平成x年3月 某大学某学部を卒業。(age22)
平成x年4月 某刑務所で拝命。
平成x+1年7月 某拘置所へ帰郷転勤。中等科を初受験するが、次点に終わる。(age23)
平成x+2年7月 2度目の中等科受験。合格。
平成x+2年9月 中等科入所。
平成x+2年12月 中等科卒業。
平成x+3年1月 看守部長に昇進。(age24)
平成x+3年5月 高等科初受験。不合格。
平成x+4年3月頃 鬱症状が発覚。当然、高等科受験は断念。(age25)
平成x+6年3月 退職。(age27)

初めて中等科を受けたのは、拝命2年目で転勤して間もない頃でした。そこそこの大学出ていて、しかも社会心理学専攻で、当時としてはかなーり異色だったのですよ。当然、上(幹部)めざすよね?初等科も賞とって帰ってくるよね?とあっという間に幹部コース行きへのレールに乗せられてしまったのですよ。

初めて受験したときは、「まぁ、初めてだし、腕試し♪」ということでなめてかかっていました。受験対策もほとんどなし。だから、中等科行くのはその次の年になるだろうと勝手に思っていました。でも、結果を聞いたときにかなり堪えたのですよ。次点ですよ。あともうちょっとの差だったという事実に愕然としました。ちょっとでも勉強していれば合格できていたのかなって。
(注:現在は面接が実施されています。当時は学科試験のみで入所者を決定していました。それと、大卒なら初等科で賞を取っていなくても2年目で受験可能でした。)

私が中等科の受験結果を聞いてしょげているときに、女区長が、「もう一年、現場での経験を積めると思ってがんばりなさい。」とおっしゃってくれました。その言葉を聞いてハッとしました。

研修所で勉強するだけが、勉強じゃないのだと。現場での日々の業務の中で勉強していきなさい、それが後々の力になるのだと。

この言葉があったからこそ、次の受験までの1年間夜勤者として勤務に励めたし、来年は絶対合格してやるというモチベーションも強く持てました。

当時の女区長であったK内さんには今でも感謝しています。彼女は、翌年の春に隣接する管区の施設へ転勤されました。今はどうされているのでしょうか。お元気で活躍されているのでしょうか。

11月 21, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (8) | トラックバック (1)

恐怖のぎっくり腰

管理人はぎっくり腰持ちです。つい最近もぎっくり腰をやってしまい、会社を3日も休んでしまいました。

はじめてぎっくり腰になったのは、拘置所で夜勤をやっていた頃の話です。まだ、20代前半でした。当時、私は独身寮で1人暮らししていました。
いつものように、夜、床につきました。
夜中にトイレに行きたくなったので起きあがったところ、前にも後ろにも動けない!!!
しばらくして、なんとか壁づたいに歩いて、トイレに到着。たったの3mがどれだけ長かったか!用も足したのですが、腰が強烈に痛い!新人の頃に勤務で足の裏が痛くて痛くてたまらない以上に痛い。次の日は日勤でした。もし腰が痛くて動けなかったらポカ休せざる得ない状態です。

さて、次の朝。少々痛いかな?ぐらいに痛みが治まって、少なくとも見た目にはヘンな歩き方になってなかったのが、後々裏目に。ぎっくり腰を甘く見てしまったのですよ。
そう、1度やると癖になるー。現役時代にもう1度やってやってしまい(このときは日勤者)、ポカ休。幸い、近所に整骨院があったので、夕方になってからそこで診てもらいました。どうやら、刑務官はお得意様のようでした。(刑務共済使うのでバレバレ)

現場の刑務官は立ち仕事故、足腰に負担がかかります。そして、年齢とともに衰えていきます。どうか大事にして下さいね。

11月 18, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (6) | トラックバック (0)

刑務官採用試験第2次試験合格発表

本日あったそうですね。
とりあえず、合格された方、おめでとうございます。

公務員試験は、試験合格=採用ではありません。刑務官も例外ではありません。
管区面接、施設面接を経てはじめて採用となります。
希望している管区や施設によって採用されやすいかどうかに差がありますので何とも言い難いです。
私が拝命した某施設は採用されやすいほうだとは思いますが、その分だけ人が抜けていると考えてもいいです。
私が拝命した年は計10名採用していましたからね。確か、1月,4月,7月の拝命だったと思います。(私は4月採用)

ということで、本当のおめでとうは採用が決まってからになります。

11月 10, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (19) | トラックバック (0)

カメラ房にてショー開催

刑務所や拘置所にはカメラ房というのがあります。動静が不安定な被収容者を天井からカメラ監視をするための房です。保護房にもカメラがついていますが、カメラ房は畳の部屋で、トイレなどは自分で流します。

どこでカメラからの画像をモニターしているかというと、処遇部門の事務室ですね。小さな施設や拘置所の女区では監視用の専任者を置かずに、事務所にいる人が時折モニターを確認します。モニターも数台程度です。
大規模施設ではテレビ監視台が用意されていて、専任者が24時間体制でいます。20台程度のモニターが用意されていて、中には切り替え機能や画面分割機能がついているモニターもあります。拘置所の場合、女区は女区でモニターを持っていますが、夜間は勤務でモニター監視ができないのでテレビ監視台の方でも監視をしてもらっていました。

拘置所勤務時代のとある日の日勤にて。
私物制限をしてカメラ房に収容していた女区の被収容者が、いきなり服を脱ぎだして全身素っ裸になったじゃありませんか!そして、股を開いて自慰ショー開始。しかも、その被収容者はまだ20代半ばです。
これにはたまらず、女区長命令でカメラのスイッチ(居室の外にある)を切るように命令が下されました。そしてショーが終了するまで対面戒護に。

後にも先にもこのような事例はなかった訳ですけども、監視している側が思わずびっくりしましたね。カメラで監視されているのを承知の上でやっていたのですから。

ということで、塀の中では常識を越えた行動をとる被収容者もいるということで……

11月 8, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (4) | トラックバック (0)

名古屋刑務所・放水事件2名に有罪判決

ソース:http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20051104it03.htm

 名古屋刑務所で、受刑者が消防用ホースによる放水を受けて死亡した事件で、特別公務員暴行陵虐致死罪に問われた副看守長乙丸幹夫(49)、同ほう助罪に問われた看守部長高見昌洋(45)両被告の判決が4日、名古屋地裁であった。
 柴田秀樹裁判長は「受刑者は放水により死亡したと強く推認される」と放水と死亡の因果関係を認め、乙丸被告に懲役3年、執行猶予4年(求刑・懲役4年)、高見被告に懲役1年2月、執行猶予3年(求刑・懲役1年6月)の有罪判決を言い渡した。
 ただ、放水の目的については「身体に付着した汚物を除去するためだった」として、懲らしめ目的とする検察側の主張は退けた。両被告は控訴する方針。
 判決は、受刑者の死因について、「放水直後の出血や傷の形状から、死因は放水による直腸裂開と強く推認できる」と、放水との因果関係を認めた。しかし、放水については「被告人は、身体に付着した汚物を除去する目的で直接放水することが上司に黙認されていたと考えていた」としたうえで、「冬に至近距離から放水するのは、暴行と言えるが、懲らしめ目的と認定するには疑いがある」とした。
 判決によると、乙丸被告は2001年12月14日午後2時20分ごろ、同刑務所保護房に収容されていた受刑者(当時43歳)の肛門(こうもん)をめがけて消火栓の消防用ホースで放水。受刑者の肛門や直腸に傷を負わせ、翌日未明、細菌性ショックで死亡させた。高見被告は、受刑者のズボンを下ろすなどして乙丸被告の放水行為を手助けした。

被告人両者とも控訴すると言うことで、判決の確定は先になります。被告側とすれば正当な任務として認められなかったことに対する不満ですよね。(すみません、検事控訴の件書いていましたが私の誤読です。)

消防用ホースの水圧というのは、結構すさまじいモノがあります。ホース自体もかなり重くなります。もちろん刑務官は消防訓練も受けていますから、消防用ホースで水をかけたときの威力も知っているはずです。至近距離で流水を受けたらどうなるのかも想像はつくでしょう。

受刑者処遇法制定のきっかけともなった事件ですが、判決確定までにはまだまだ時間がかかりそうです。

11月 4, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (14) | トラックバック (1)

男区

女子施設の中には、男区(だんく)と呼ばれるスペースがあります。
昼間に、営繕(各種工事関係をする)係の男子被収容者が休憩をとるための場所です。

矯正施設では、「自分たちのことは自分たちでする」というのがあるのですが、女子施設の営繕だけはスキルを持っている被収容者がほとんどいないし、営繕工場もないので、近くの男子施設から営繕係に来てもらうのですよ。
私がいた施設の場合は、近くの拘置支所から来てもらっていました。

朝、営繕工場担当とともにバスに乗って来て、通用門を通過。お昼になるまでは工事関係の仕事。そして、お昼休憩の時間になると、男区で食事と休憩。そして作業終了時間まで仕事をして、夕方バスで帰る。

なお、彼らの昼食は、昼休憩の少し前に炊場の女子被収容者に持たせて置いて行きます。当然、男区までの連行する職員が必要です。その役目には若手の職員がよくついていましたね。

通用門を通過しますので、出入りするときは人数確認もします。当然営繕の担当の方でもしているのですけども。

女子の被収容者だけではどうしようもないところがあるから男子に補ってもらう。けど、極力女子(職員・被収容者)とは接触はさせない。女子施設の中でも微妙な立場なのが男区なのです。

11月 3, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (7) | トラックバック (0)

刑務官の休暇

刑務官の休暇にはいくつか種類があります。普通に勤務していて縁があるのは、有給休暇と夏期休暇でしょう。

有給休暇は、4月1日で年度分の有効分が20日あります(新拝命の場合は時期に応じて減る)。それに前の年度の繰り越しが最大20日まで認められます。これをきけば、ああ、公務員なんだと思うでしょう。

ところが、刑務官の有給休暇消化率は非常に悪いです。統計的数字は忘れましたが、2日台だったと思います。それも計画年休の基に消化されるものです。
民間や他の公務員と違って、シフトがでてから、あらかじめ申し出て休みを取るというのは嫌われるのですよ。ましてや病気でいきなり休む(通称:ポカ休)は、配置係だけでなく、現場の職員全員に響くのでなおさら嫌われます。
なぜなら、現場の刑務官の仕事は、一定期間に一定量の仕事をこなせばいいというスタイルではなく、日々決まった仕事をこなすスタイルだからです。つまり、働く人がいなければ話にならないのです。

夏期休暇というのは7月から9月までの3ヶ月間に3日間認められている夏休みです。夜勤者であっても連続してとってもかまいません。この場合の夜勤代務は日勤者がしてくれます。年休と通常の休みを組み合わせると最大9連休なんてこともできます。
施設の都合によってはバラバラにとらされる可能性がありますが……。

軽い発熱(業界では熱発:ねっぱつと言います)、この程度では被収容者は休めても刑務官は休めません。出てこい!といわれるのが落ちです。そう、職員の人権なんて、被収容者以下と思うのはこういうときなのですよね。

刑務官って休めないものだと思っておいてもいいです。

10月 31, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (7) | トラックバック (3)

2次試験合格したらやって欲しいこと

2次試験合格発表までにはもう少し時間がありますが、合格したときにやって欲しいことをあげます。

1つ。自動車免許を取ること。
刑務所勤務となった場合、交通の便があまり良くないところに施設があります。買い物するにも車がないといけないようなところもあります。拘置所勤務の場合は比較的市街地にあるのでいいのですけども……
自動車免許は取得するのに時間がかかります。拝命してからだと、自動車学校には通えないと思って下さい。んな暇・体力ありません。
ただし、車を買うのは拝命が決まってからで十分です。施設側の都合で自家用車がおけない場合もあるからです。それでも、原付があればなんとかなります。とにかくエンジンで動く移動手段を確保しておいて下さい。

2つ。ランニングの習慣を身につけること。
逃走事故などがあった場合に走って追いかけるということはあります。また、緊急時(=非常ベルが鳴ったとき)には現場まですぐ走って駆けつけることも要求されます。
最低でも5kmは余裕で走れないと厳しいかと思います。追いついても被収容者を捕まえる余裕がなかったり、現場でゼイゼイしているようではダメです。
もし、体育などから長く離れていた場合は、1km程度のウォーキングから始めて下さい。急に5km走れ!と言われても走ることになれていなければ無理です。
また、ランニングが訓練の一環としてもうけられる場合もあります。(特に男子施設での拝命の場合)
私は学生時代から走るのが大嫌いで苦労しました。この項目は私と同じ間違いをしないようにとの意味合いがあります。

3つ。古文のおさらい。
受刑者処遇法は現代文で書かれているはずなのになぜ?と疑問を抱いた人は右下の「元・女子刑務官Blog参考資料」内の「刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律」を読んで下さい。この法律は現行監獄法から受刑者に関する部分を取り除いた法律で、未決被収容者に適用されますが、旧仮名遣いで書かれています。読み慣れていないと研修で苦労します。

今回のアドバイスは個人的に気のついた点だけ取り上げていますが、他に気がついた点があれば補完よろしくお願いします。 >現職・元職の方々

10月 25, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (11) | トラックバック (0)

首つり自殺

刑務所や拘置所内では時折、首つり自殺が発生します。
既遂に至ると、刑務事故になってしまいます。

首つり自殺というと、高いところからクビを引っかけてと言うパターンを想像される方が多いかと思いますが、以下で取り上げるようなうつぶせ型とか、座って腰浮かせた状態でというパターンもあります。

先日の毎日新聞の記事で、19才の少年が独居房で首つりというのがありました。

千葉刑務所(千葉市若葉区)は15日、被告として収容中の少年が独居房で首つり自殺した、と発表した。同刑務所によると、14日午後10時41分ごろ、少年が房内の洗面台の蛇口にトレーニングウエアのズボンをかけて首をつり、うつぶせになっているのを巡回中の看守が発見。搬送先の病院で死亡が確認された。

被収容者が居房に持ち込むモノにはひも状のモノは入れません(ex.ベルト、スエット下のひも)。
しかし、今回のようにトレーニングウェアのズボンやステテコ類は自殺の道具に使われることが多いです。衣類ですから引き上げるわけにもいかず、頭の痛いところです。

私が現役時代に遭遇したのは、柵にステテコをくくりつけてのパターンでした。日勤の仕事を終わって、「さぁ、帰ろうか」というときに、「ジリリリリリ……」と非常ベルの音。
初等科集合研修に行く前の後輩が第一発見者で、非常ベルを押しました。駆けつけた頃には、もうクビから衣類ははがれていましたが(おそらく、自殺を図った本人が自主的に止めた)。この一件で後輩は管区長表彰を受けたのですけどね。
その後は保護房に革手錠(注:現在は使えません)をつけて収容。保護房を出た後もTV視察でした。

今回の千葉のケースでは、少年であったことから拘置所生活や予定外に重い求刑(無期懲役)が来たのが堪えたのかも知れません。少年と言うだけでもやばい身柄なのですが、やばそうな身柄に対しては動静視察をまめに行うしかありません。

死んでしまったモノは仕方ないですから、千葉刑務所に対しては、同種の事故を起こさないようにして頂きたいものです。

10月 17, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (11) | トラックバック (1)

刑務官採用試験第1次試験合格発表

本日、刑務官採用試験の1次試験の合格発表がありましたね。
今はネットでもわかるんですね。便利な時代ですな。

受験区分によって、合格倍率がてんで違う気がするのは気のせいですか?足切り制だからなのでしょうけど。
http://www.jinji.go.jp/saiyo/shiken131.htm

合格された方、ひとまず第一関門通過おめでとうございます。
来るべき2次試験に備えて、体調を整えていきましょう。
体力検査に不安のある方は、今のうちに鍛えましょう。
視力が下がっていないかも今のうちにチェックしておきましょう。

最終合格をめざし、ベストを尽くして下さい。

10月 7, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (12) | トラックバック (0)

窃盗罪に罰金刑導入検討

すでに、いろんなところで報道済みですが、現在懲役10年以下としか定められていない窃盗罪に、罰金刑を導入する動きがあります。

現在の刑事政策上、罰金刑に関しては、正式裁判か微罪処分・起訴猶予かの両極端です。ゆえに、微罪処分・起訴猶予を何度も繰り返して、やっと正式裁判にかけられるというのが現状です。

これに罰金刑を導入することで、窃盗罪の抑制を図ろうとしているのですが、本当に効果があるのかは疑問です。お金がないから窃盗をする連中、依存的に窃盗をする連中、いずれにも効かない気がします。

罰金刑が導入されたら、懸念することが一つあります。それは、未決受け入れ施設の収容率増加です。
罰金刑を言い渡されて、罰金を納めなかった場合は労役場留置となるのです。この労役場留置に指定される場所は、拘置所・拘置支所なのですよ。
刑務所の過剰収容は統計として現れるのですが、拘置所の場合人員の流動が激しいのもあって統計には乗りません。しかし、収容率からすると刑務所並みと考えても良いかと思います。高等裁判所管轄の事件も受け入れている施設では120%は固いと見ます。

労役場留置者の処遇というのは受刑者とそう大差ありません。お金が払えない代わりに、1日何円といったレートに基づいて決められた日数の間、居房内で刑務作業をするわけです。
朝食後、作業台と材料を居房に搬入して、夕食配食前に作業台と材料と成果物を引き上げます。人数が増えると、管理が大変なのですよね。舎房の正担当がやるのですけども。

刑務官の頭痛の種がまた一つ増えるのだろうかと思うと、南無ー。

10月 7, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

未決の入浴日は大わらわ

夏場は週3回、冬場は週2回の入浴が実施されます。入浴のない平日は運動日になります。拘置所の女区レベルだと運動・入浴担当というようになります。私が勤めていた拘置所はそこそこの規模でしたので、日勤の担当者が割り当てられていました。

女子の場合、まず何がやっかいかと言えば、生理があることなのですよ。
生理の被収容者は生理入浴といって、最後に入浴させますが、雑居の場合誰と誰を一緒にさせるかで頭を悩ませたりします。まあ、刑務所でも生理入浴はあります。

入浴日の一日は以下のような感じです。
まず、出廷や検察庁のスケジュールを確認。そして、各居房を回り、生理入浴者の確認。
そして8:30から入浴開始ですが、被収容者の入浴時間は、風呂場に着いてから、風呂場を出て行くまで15分ですから、その間に着替えさせて身体や髪を洗わせます。
なお、入浴の順番は舎房ごとに順送りにしていました。

ところが、一筋縄ではいかないですよね。まだ娑婆っ気が抜け切れていないのか、お湯は使い放題使おうとするし、時間にもルーズ。毎度毎度被収容者とのバトルでした。「お湯使いすぎ!!!」「後5分〜!」「はよあがりなさい!!」とか声がかれそうに。

夏場の雑居用風呂場(定員6人)はボイラー式なのでまさしくサウナ状態。長靴を履いて勤務するのですが、連行時に廊下を歩くときが天国のようにも思えましたね。冬場は暖かくていいのですけどね。湯加減とかも難しかったです。前の組で使った分だけ、連行中にお湯は足さないといけないので。

シャンプーを持っていない被収容者には、市販のリンスインシャンプーを水で半分に薄めたモノをあげたりもしてましたね。(せこい)

そして未決の場合は、出廷だの面会だので被収容者が何かと居室外に出るので大わらわな状態です。
そう、運動は外すことができても、入浴はさせなければいけないので……
入浴担当者の真の敵は、入浴させようとしたときに来る一般面会、弁護士面会、検察官取調。特に、弁護士面会と検察官取調はいつ戻ってくるのかすら予想がつかないため、泣かされることがたまにありました。

過剰収容が本格的になってからは、主任さんなどにも手伝ってもらって、雑居(入浴係が担当)・独居同時進行して、それでも終わるのが、16:00ギリギリということもありました。雑居生活にちょっとだけ適応できない独居の被収容者をまとめて雑居風呂に入れるなんてこともやってました。
16:00になるとボイラーが止まってしまうのですよ。そして、夕食の配食が始まる時間でもあります。

とこんな感じで入浴日の1日は過ぎていくのでした。

9月 24, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (15) | トラックバック (0)

ほぼ毎日使うからこそいいものを

刑務官の仕事は、基本的には立ち仕事です。立会か巡回か連行か。
それ故、足を酷使する仕事です。
現場に立つ刑務官は足で給与を稼ぐといってもいいでしょう。

そこで大事になるのが靴選びです。
昼間の勤務中は革靴のみ、夜間はスニーカーOKなのですが……どちらにしても、自分の足に合わない靴を選ぶとひどい目に遭います。足の裏が痛くなる程度では済みません。外反母趾になったり、膝に水がたまったりする原因になります。

私が現役時代に愛用していたのは、革靴系ウォーキングシューズでした。たつみさんから勧めてもらいました。
アシックスのpedalaシリーズです。http://www.asics.co.jp/products/walking/wpk574.html の黒です。
男子の方なら、同じアシックスのワラッジシリーズの方がよりビジネスよりなので良いと思います。

この手のウォーキングシューズは価格は少々張りますが、軽いし、クッションもしっかりしているので是非おすすめしたいです。
私が刑務官時代に足を痛めずに済んだのは、pedalaのおかげです。

勤務時に長時間使うモノだからこそイイものを!

8月 30, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

中途退職の落とし穴

私のように、途中で刑務官を辞めた場合、落とし穴がいくつかあります。

一つ目は、失業保険の適用外になることです。
もともと、公務員は定年まで勤め上げるのを前提としていますから、雇用保険をかけていません。したがって、辞めてしまって失業したときには、失業保険ももらえません。

二つ目。住民税の支払いが予想以上に多い。下手すると払えない。(特に若い人は注意)
住民税の請求は、辞める前の年の収入を元に計算します。刑務官は超過勤務手当などを入れると結構な額をもらっているので、無職になったり、収入がダウンすると、思った以上に堪えます。退職金がもらえますが、拝命年数が少ない場合はそれなりの額しか出ませんので、退職金は住民税対策金としておいておいた方がよいです。
ちなみに、私の時は、1期(3ヶ月)で3万円以上の住民税を納める羽目に……収入が半減以上した身にはとてもつらかったです。

三つ目。これは無職になって国民保険・国民年金になった場合ですが、結構馬鹿にならない金額です。もう時効ですので白状しますと、私は国民年金の間、保険料を納めていませんでした。免除の申請をすれば良かったのでしょうけども。

ということで、刑務官辞めたいと考えている人は、これらのことも頭に入れておくように。

8月 24, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (2) | トラックバック (0)

地震

昨日関東地方で大きな地震がありましたが、大丈夫でしたでしょうか。

地震があった場合、被収容者の安全を確保しなければなりません。
最悪の場合は解放という形をとることになりますが、行刑施設の建物はそんじょそこらの建物より丈夫にできているので、皮肉なことに施設にいた方が安全です。

行刑施設はその性質上、中から居室の扉を開けることができない構造になっているのがほとんどです。刑務所で開放処遇している場合は例外的に中から扉を開けることができます。

地震があった場合は直ちに全区域を巡回して異常がないかを確認します。たとえ仮眠中などであっても、起きあがって巡回しなければいけません。阪神大震災クラスとなれば非常登庁もしなければなりません。

さて、私が刑務所で新人看守だった頃、1日に9回の小さな地震があった夜勤日がありました。
地震があったのは、ちょうど後夜の仮眠中(21:00〜1:30)。
私を含む看守3人が看守用仮眠室で寝ていたのですが、揺れに気づいて起きあがることができたのは、9回中3回だけ。
仮眠終了後、夜勤部長に怒られたのはいうまでもなし。手続きまでは行かなかったのが幸いでした。
ちなみに、看守部長は9回とも起きあがったそうでして。

仮眠時間はわずかな揺れでも起きあがれるようにしておかなければいけないと思いましたよ。
あくまで仮眠は仮眠だと思い知らされた一夜でした。

7月 24, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (4) | トラックバック (0)

化粧は被収容者へのあてつけ?

女子刑務官は、化粧がめちゃくちゃ濃いか、スッピンに近いかの2種類に分かれます。社会人としてのほどほどなお化粧ができない人の集まりというと口が悪いんでしょうけど。ちなみに、私は後者タイプでした。

化粧の濃い人は、フルメイクは当たり前、中には香水をふったりしていた人もいました。刑務所だと茶髪も当たり前で、拘置所勤務時代に護送で訪れた時に驚いた記憶があります。

被収容者は、化粧水とか乳液(いずれも指定のモノ)は使えて基礎化粧は一応できるのですが、ファンデーションを塗ったり、口紅をつけたりといったことはできません。特に口紅は被収容者の目につきやすくて、居室に行ったり、運動立会の時にうらやましそうに話を振ってくることがよくありました。

そう、彼女たちだっておしゃれはしたいのです。出廷の時は顕著でしたね。せめて服だけでもと一張羅を羽織って行っている被収容者もいました。けどもできることといえば基礎化粧ぐらいなモノで、しかもろくなモノが使えませんから、顔に色を付けることができる刑務官がうらやましかったのでしょう。

裏を返せば、「ふふーん、あんた達はここにいる限り、私たちみたいにお化粧できないのよ。くやしかったらさっさと出所しなさいね。」という女子刑務官からのメッセージ。同じ塀の中にいても決定的な違いを見せつけていたのだと今になって思うのでした。

7月 2, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (0)

研修所生活(例)

前のトピックで、研修所がらみの話が出たので、実際どんな生活をしているかを書いてみようかと。
研修所生活の一例です。

6:30 起床
7:00 朝点検(ジャージ姿)
その後ランニング、掃除
7:30 朝食
8:30 朝礼(制服姿)。このときに3品点検があります。1部2部別々です。中等科だと3分間スピーチなんてこともやらされたりしました。この時間に教官からの伝達事項があります。
その後2コマの講義(学科or術科)
12:00 昼食
13:00 またまた2コマの講義
16:30 夕食
夕食後はフリータイム。飲みに出てもOK。もちろん、勉強もしないといけません。風呂はこの時間帯に入ります。
22:00 晩点検(寝間着でもOK)。
22:30 消灯

講義は学科と術科に分かれます。当然テストなんてモノもあったりします。学科と護身術は追試があります。私は、学科では余裕ぶっこいていましたが、護身術が苦手で、初等科・中等科とも追試(^^; まあ、それでも初等科も中等科も優秀賞とって帰ってきましたけどね。

夕食後の外出は自由なのですが、外出簿に記入というのと、コマを不在側にしておかなければいけません。
晩点検に間に合わなければ手続書を書かされます。どれだけ飲んでいようが、晩点検を受けないといけません。
故に、21:55ぐらいに寮に駆け込んだりなんていうのもしょっちゅうでした。

消灯後は一切おしゃべり禁止。当直による巡回があって、このときに寮の出入り口には鍵がかかります。消灯後は当然外出禁止。ばれたら即手続書書かされます。私が研修を受けていたときにも夜中の外出未遂が発見されて翌朝の朝礼時に大目玉を食らってましたね。

生活の場となる部屋は、管区によって1人部屋or2人部屋ですね。私がいた管区では、初等科時が2人部屋、中等科時は最初の1週間のみ2人部屋、その後は1人部屋でした。(研修所建て替えがあったため)

また、タバコについては、建て替え前は部屋内でOKだったのですが、建て替え後は喫煙部屋でしかダメだったと思います。酒は部屋内持ち込み禁止でした。

携帯電話は当時は持ち込み禁止でしたね。寮内の公衆電話をつかって発信することになってしました。発信の時はいいのですが、受信時がやっかいでしたね。当直室の電話で受信だからです。当直者は該当者が部屋にいるか確認して、マイクで呼び出し。「××刑務所○○研修員、電話が入っております」とアナウンスがあって、当直室で電話を受けるのですが、相手が誰だったとか筒抜けでして、後でつっこまれたりしました。いまでも、続いているのでしょうか。

洗濯は、共同で使える洗濯機と乾燥機があるのでそこでやってましたね。

なお、土日祝日は家に帰ることが可能です。逆に残寮することも可能です(残寮する場合は500円/1日ぐらいのお金が必要です)。私はよく残寮してましたね。日頃交流のとりづらい2部の研修員たちとも親睦を深めたりしたモノです。

あ、そうそう。研修中もちゃんと給料は出ますよ。超過勤務手当などはないので額は下がりますけども、平日は3食付きで寮費は格安ですからご安心を。

6月 30, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (0)

日焼け

日焼けは女子刑務官の悩みの一つです。美容の大敵ですから。

日焼けになりやすいのは、運動勤務、通用門勤務、春の初等科研修の集団行動訓練とかですね。
日焼け止めを塗っても塗っても追いつきません。
というより、あまり強力な日焼け止めは顔がヘンに白くなるし、難しいのですよ。肌への影響もきついですからね。

それでもって、一度焼いてしまうと後のダメージは確実に来ます。
それも年単位のロングスパンで。私は若さ故の過ちで、日焼け止めを塗らずにいたら、シミになってしまってて、今でも残ってます。

一応、帽子はかぶってはいるけど、野外では焼け石に水という感じです。日射病にならないのだけが救い。
ずっと日陰で勤務というわけには行かないし、特に下っ端は直射日光を浴びるところで戒護するはめになりますから。この業界は下っ端ほどしんどい業界ですから。
夏制服だと首と袖にくっきり焼け跡が……

焼け跡がくっきり残るころには、4月拝命の新人さんもぼちぼち使い物になってくるのですけどね。(女子の世界では)。

あ、そうそう。これからどんどん暑くなって、汗もたくさんかいていきますから、待機の時にはしっかり水分補給して熱中症には気をつけて下さいね。

6月 14, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (5) | トラックバック (0)

労働三権と刑務官

刑務官には憲法で保障されている労働三権が適用されません。
憲法第28条では、『勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する』
となっていますが、刑務官や警察官、消防士などには適用されないのです。(国家公務員法・地方公務員法)
おおざっぱな理由は、治安や安全を守るこれらの職業の人間が労働三権を発動した場合に、治安や安全への影響が大きいからです。

さて、労働三権とは、団結権・団体交渉権・争議権のことを指します。
団結権……勤労者がよい労働条件を保持し、悪い労働条件を改善するために団体を結成することを
保障した権利。
団体交渉権……よい労働条件を獲得するために交渉することを保障した権利。
争議権……俗に言うスト権。団体交渉が決裂したような場合に、自分たちの要求を実現するために争議行為(ストライキ)を行っても、刑事罰を受けたり、会社を解雇されたりしないということを保障した権利。

ぶっちゃけた話、上層部のなすがままというのが刑務官の業界です。
下級職員(副看守長まで)は、現場の上層部の意向一つで担当が変わったりするのは当たり前なのです。
職員にとって、不利益な待遇もやりたい放題です。

では、不利益な待遇を受けた場合に、救済してくれないのかという話ですが、よほど良い上司の上司(所長・部長クラス)に恵まれない限り、現場レベルでは不可能です。人事院に不服申し立てをするという最終手段は用意されているモノの、時間がかかるとのことです。
幹部は2〜3年のスパンで全国転勤を繰り返しますから、幹部が替わるまでじっと耐えているのが現状でしょう。

刑務官にも少なくとも他の公務員同様、団結権・団体交渉権は認めて欲しいものです。
上層部の暴走を誰も食い止められないのは、組織としても破綻していると思います。

6月 12, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (1)

姓が変わる

結婚・離婚・養子縁組などといった理由で被収容者の姓が変わることがあります。
姓が変わると、書類の類は変更ですし、呼ぶときの名前も変更になります。女子の世界では結構あるので、覚えるのが結構大変だったりします。
姓が変わった後もうっかり旧姓で被収容者を呼ぶのを何度やらかしそうになったことか。

俗に言う獄中結婚なんて言うのも拘置所ではありです。
どうやって知り合うのかと言えば、娑婆の知り合いというのもあったりするですけども、文通で知り合った人とといったケースもままあります。私が体験した中で最もひどいケースは、シャブ中の累犯で拘置所内離婚→拘置所内結婚で2回も姓が変わったというのがありましたね。

ついでに言うと、この獄中結婚をしたいが故に上訴(控訴・上告)するのもいるのです。もう、あきれて何も言えませんでしたね。

逆に離婚は刑務所・拘置所どちらでもあり得ます。
たいていは拘置所にいる間に離婚されてしまいますが、刑務所で服役を開始してから離婚というのもあります。
かわいそうかなとも思うのですけども、犯罪を犯してしまった以上、離婚されても自業自得でしょう。もともとは他人なのですから、紙切れ1枚で離婚できてしまうのです。
運良く旦那が待っていてくれている程度にとらえるぐらいの気持ちじゃないと、刑務所で反省なんて無理でしょう。

6月 8, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (10) | トラックバック (0)

国家公務員のメンタルヘルス

人事院が、「職員の自殺防止のために」(自殺防止専門家会議)について」という文書を出していますね。

朝日新聞の記事によると、2003年の国家公務員の自殺者は134人となっています。これは、当然既遂になったモノだけですから、未遂まで入れると、相当数の職員がメンタルヘルスに問題を抱えているかと思います。

国家公務員だけでなく、民間企業にも十分通用するかと思います。
管理職の立場にある方は是非目を通しておいてほしいモノです。

メンタルヘルスに対する無理解による被害者を増やしたくないのです……。
過去にこのBlogで書いてきましたけど、私が退職した理由は鬱病によるモノでした。

退職時の上司は、某掲示板で話題になっていた人です。
私が発病した当時は、気がついていなくて、鬱病になったのではないかと気遣ってもらっていました。
病院に行くように言われたのはその人の指示です。
ただ、それから半年ぐらいして上司が旦那の浮気による離婚で言動がおかしくなっていきました。そして、メンタルヘルスに対して無理解になってしまいました。その影響は今でもあると思います。

私の場合は、退職を促されることはありませんでしたが、辞表を出したときにほっとした表情を見せました。やっかい払いできてよかったとでも思っているのでしょう。

部下の立場にあるでメンタルヘルスに問題を抱えている人は、理解ある上司に相談した方がいいです。理解のない人に相談すると、いきなりクビを促すような言動をとります。

私自身、現在鬱病を再発してしまっている状態です。私の肩書きからプログラマを消したのは鬱病再発が原因での配置転換によるモノです。
幸い、社長が理解のある方で、来週から8月末まで休職できることになりました。
退職も考えたのですが、とりあえず休職という方向で行くことになりました。社会保険なので、傷病手当金というのをもらいながら生活することになります。

みなさん、どうか心の健康は大事にして下さいね……。

6月 3, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (1)

それは突如やってくる(夜間新入)

拘置所で勤務していて突然やってくる、しかもイヤなモノといえば……夜間新入です。
お昼過ぎに事務所に連絡があって、今日××署から○名。

こうなると、事務所はあわただしくなります。
最も頭が痛かったのは、配房でしょう。配房とは、被収容者をどの居房に入れるかを決める作業のことです。どういう身柄なのかを判断した上で、独居房or雑居房を決めます。これを決めるための要素はいろいろあるのですけども、刑事訴訟法第81条による接見禁止がついている場合、警察で暴れるなどのトラブルを起こしている場合は絶対に独居。

ちなみに、接見禁止が規定されている刑事訴訟法第81条とは、

裁判所は、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは、検察官の請求により又は職権で、勾留されている被告人と第39条第1項に規定する者以外の者との接見を禁じ、又はこれと授受すべき書類その他の物を検閲し、その授受を禁じ、若しくはこれを差し押えることができる。但し、糧食の授受を禁じ、又はこれを差し押えることはできない。

で、第39条第1項に規定する者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者

監獄法施行規則第24条で、

刑事被告人ハ成ル可ク之ヲ独居拘禁ニ付ス可シ

となっていても、独居の数には限度というのがあるので、独居でないとまずい場合以外は雑居に入れることになるのですが、実際には本人の様子を見て最終的な判断がされていました。

当然、夜間新入ですから日勤者は居残り(超過勤務)になります。1名なら主任、雑務係、領置係ですが、人数が多いときは日勤者全員居残りなんてことも。

そして、やっかいなのは、夜間新入で入ってくる身柄に限って、警察でやっかい払いされたかのように送り込まれてくる。

6月 1, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

元被収容者との接触

これまた、業界の人にはおなじみなネタですけども……

現職の方が元被収容者と娑婆で接触を持ってしまうこともあるかと思います。
全く無視というわけにも行かないでしょうから、そのときには挨拶程度にして、飲食などはともにしない方が良いかと思います。まして、自宅に泊めるなどと言ったことは論外でしょう。

元被収容者と接触があった場合は、上司に報告しておいたほうがいいです。そのときにいろいろ聞かれるかも知れませんが、隠していてあとで大事になったらそれこそ刑務官生命が危ぶまれます。

某掲示板で仕入れたネタですが、私の過去勤務施設で、女子職員が元被収容者を自宅に泊めて、暴力沙汰にまで発展したそうです。4月の新拝命か転勤者らしいのですけどね……Sigh

5月 31, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

刑務官は名乗らない

業界の方にはおなじみですが、刑務官は自分の名前を被収容者に教えません。名前を含め、プライバシーに関することは教えてはいけないことになっています。けど、被収容者はいつの間にかこちらの顔と姓を一致させていますけどね。多分、職員同士の会話を聞いたり、被収容者同士の会話で「あの職員が○○先生」なのだと。

運動勤務の合間などに話しかけてきて、こちらのプライバシーに関するコトを根掘り葉掘り聞いてくるのですが、大嘘をついたり、適当にあしらったりとしてやっていました。
たとえば、年齢のこととか聞いてくるのですよ。本当の年を言われて心の中ではびくっとしても、それを顔に出してはいけません。私なんかは、「18から歳数えるのやめた」と言ってましたね。

そんな刑務官の常識になれてきた頃、初等科研修で少年院を見学しました。
そこでは、職員が名札(姓のみ)をつけて勤務しているのです。それを見たときには、少しばかりカルチャーショックを覚えました。「2部では、名札つけて勤務しているんだー」と。

5月 28, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (6) | トラックバック (0)

合宿研修の季節かな?

風薫る5月、新人刑務官・法務教官もなんとか使いっ走りやら行動観察やらできるようになってきた頃かと思います。仕事にも慣れてきたかな? もしかしたら、5月病になって、ああ、しまった、別の試験にしとけば……と後悔の人もいるかもしれないですね。
しかし、5月、連休明け、とうとう合宿研修が始まる季節です。
自庁研修とは違い、他の施設の新人と共に、合宿をしながら法律・実務・護身術・行動訓練などをたたき込まれる最初の「難関」です。でも、他の施設の人と交流を持てることで、様々な庁があるのだなとわかるし、様々な仕事があるのだなとわかるし、何より、同期の桜……じゃ古いな、同じ釜の飯を食い、研修終わって就寝前の点呼までのわずかな自由時間に酒やカラオケで羽目を外して、同期との交流を深める良い機会です。それに、自分の庁しか見たことのない人にとっては他の庁を見学しに行けるというのはなかなかない機会です。勉強もテストあるし、追試もあるし、護身術は汗まみれで動作もままならないので大変だろうと思います。毎朝起きて点呼した後、ラジオ体操してマラソンに至っては気分は収容者です。でも、収容者に指導するためには、乗り越えなければならないのです。力一杯、勉強に、実習に、交流に、励んできて下さいませ。
最近は1部は初等科だけど、2部は変わったんですよね、基礎科前期とか後期とか、教官の課程と心理技官の課程が異なるとかいろいろ辞める前にウワサは聞いていたけどどうなったのかな・・・。
私と管理人も、初等科の同期です。勉学に励み、慣れない護身術にとまどい、でも鬱憤は自由時間に晴らし、共に飯を食い、共に風呂に入り、共に色々熱く語ったことを思い出します。あの頃はまだ懸命だったなぁ。。。脱落したけどさ。行動訓練なんて軍隊式ですからもう大変。今までの常識は、もうこの際殴り捨てましょう。その時その時を懸命にこなせば、きっと上司も頑張ったと認めてくれるでしょう。
なお、合宿研修に出かけたら、到着してこれからの抱負を書いた手紙を自庁に宛てて出すのが慣例のようです。今はもうないかな? いや、たぶん、生き残っているだろうな。中盤を迎えた中期にも、頑張ってますとの報告を、終了間際には検閲に来ていただいた上司への御礼と、もうすぐ終わる研修での成果を発揮して仕事に邁進しますといった内容の手紙を出すんです。マジです。それが、職員のさらしに合います。気張って丁寧な字で書いて送れば、自庁でも好感度アップ間違いなしです。面倒かもしれないけど、手を抜かずにやって下さいね。

5月 10, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (6) | トラックバック (0)

ハト

ここで言うハトは単なる動物の鳩ではありません。後で説明します。

加重収賄容疑看守告発 受刑者家族からホテル代(共同通信)

 徳島刑務所は28日、受刑者と家族の連絡を取り次ぎ、ホテル代を支払わせるなどしたとして、加重収賄容疑で同刑務所処遇部の主任看守(37)を徳島地検に告発、懲戒免職処分とした。
 同刑務所によると、主任看守は昨年7月から今年2月、禁止されているのに30代の受刑者に父親らの伝言を電話で取り次いだり、検閲を通さず手紙のやりとりをさせたりし、謝礼などとして1月上旬、父親にホテルの宿泊代や飲食費計数万円を支払わせていた。連絡の取り次ぎは計200回以上になるという。
 主任看守はこの受刑者に菓子や薬を与えたほか、別の50代受刑者への連絡も同様に取り次いでいたという。
 主任看守は袋詰めなどをする工場の監視担当。受刑者は工場で作業していた。主任看守は「頼み込まれて取り次いだところ、上司に報告すると脅され、続けてしまった」と話しているという。

ハトというのは、受刑者同士や受刑者と外部の人間の連絡を無断で取り持つ役目の人のことを言います。伝書鳩というのがいますが、ハトというのはそこから来ているかと思われます。ハト行為は当然職員事故として、処分されます。

今回ニュースに出るほど大きくなったのはハト行為による金銭の授受もあったということで、加重収賄に問われたからです。

ハト行為だけでも十分処分の対象になりますが、それだけだったらまだ最悪諭旨免職などの処分ですんでいたと思われるのに、金銭まで授受してしまって犯罪者の仲間入りとは非常に残念です。加重収賄罪に問われるとなると、通常の収賄罪より罪が重くなります。

現役の方は、被収容者からのハト行為依頼については、毅然とした態度で拒絶して下さい。そして、そのような依頼が為されたことを上司に報告して下さい。

ただ、ハト行為を依頼されるという時点で、刑務官としてはかなりやばいレベルにあるのも事実です。普段から被収容者に甘く接している証拠です。「こいつなら、ハトとばせるかな?」と被収容者に思わせてはダメです。ダメなモノはダメと日頃から毅然とした態度で勤務しましょう。

拝命したての人にとってはいい反面教師となってしまいましたね。初等科などでも職員事故についての話が出てくるかと思いますが、くれぐれも職員事故を起こさないようにして下さいね。

4月 29, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (1)

引っ越しすることに

来月引っ越しをすることになりました。
しばらく法律解説系のネタは出せませんのでご了承を。

そういや、親子代々刑務官とかというのには、それなりの理由があります。結構多いのですけどね。親の後ろ姿を見てなんて立派な理由もあるのでしょうけどもね。それだけじゃないと思います。
官舎に住んでいれば、無料若しくは格安の値段で住むことができます。けども、辞めてしまったら官舎を出なければいけません。住む場所を失うだけでなく、住処にそれなりの値段が必要ととなればね……家族持ちには辛いですよ。
それ故、女子の世界ではそこまでせっぱ詰まっている人は少ないのですが、男子の世界だとよくあるみたいです。辞められない理由の一つにもなっています。

私自身、刑務官の仕事を辞めるかどうかの時に悩みました。
拘置所勤務時代に鬱病になる前は独身寮に入っていました。実家から通えない距離でもなかったのですけども、宗教がらみなどの諸事情があって、両親とは同居したくなかったのです。
鬱病がひどくなって1ヶ月休養してからは実家からの通いになりましたが、通勤手当を出さない条件で官舎に残らせてもらいました。病気が良くなって、再び一人暮らしができれば……と思っていたのですが、辞める選択をしました。

そういえば、私がなぜ今の仕事に就くようになったのか?
元々、大学時代からコンピューターにはさわっていたのですよ。社会心理学専攻だったので、ワープロや統計処理にパソコンが必要だったので、研究室でさわっていました。
刑務官になって2年目にパソコン通信がしたいからといって、はじめて買ったのがPC-9821Lt350というB5ノートパソコンでした。それからは趣味でさわっていました。但し、ホームページを作ったりとかは仕事柄やっていませんでしたね。そんな中で、自己流で知識を身につけて、平成9年の初級シスアド試験に1発合格しました。当時は、初級シスアドって何?な時代でしたし、身につけたところで仕事に役立つわけでもなし。自分のパソコンに関する知識がどこまで通用するかを試してみたかったのですよ。
結局は、このときに身につけたモノが今でも大きな財産になっています。おかげで、バイトとは言え、27歳未経験でも雇ってくれる会社も見つけることができたのですから。

まー、凝り性なので、その後刑務官時代に金にかまけて4台のPCを買いましたよ。ソフトやパーツもいろいろ買ったりして。というより、主にパソコンゲームで遊びたかったからなんですけども……

今の職場には大学時代の先輩の紹介で入社しました。サーバ管理とかWeb系プログラミングの仕事は今の職場で覚えました。

今回はとりとめのない話ですみません。

4月 26, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (9) | トラックバック (0)

自庁研修開始ですね

4月1日付で拝命された人にとっては、本日から本格的に自庁研修開始となります。

以前にも取り上げたかと思いますが、自庁研修期間中に学ぶべきコトはたくさんあります。
監獄法などは旧仮名遣いで読むのに一苦労するかも知れませんが、古文のおさらいだと思ってがんばって下さい。
もうすぐ監獄法改正が予定されてはいますが、その恩恵を自庁研修中には受けられないと思います。

研修日誌とかついつい書くのをさぼりがちになんてコトにならないようにね(心当たりありすぎな管理人)。

4月 4, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (4) | トラックバック (0)

少年事件の精神鑑定の問題点

ここ何年か少年による殺人事件が起こると、大抵大きく報道され、
「加害少年の心の闇を探れ」とばかりに精神鑑定に持ち込まれる
ことが多いようだ。精神鑑定自体は成人の刑事裁判での精神鑑定
と同様の手続きを経て鑑定にはいるのだが、いくつか問題点がある
と私は思う。それをいくつか例示してみる。

たとえば、成人の殺人事件他の刑事裁判で精神鑑定が行われる
場合というのは、加害者(被告)の刑事責任能力の有無を問う。
よく知られている刑法39条問題であり、精神鑑定を通じて心神
喪失状態か、心神耗弱状態か、それとも刑事責任能力を持って
いるのかを争うわけだ。もし、精神病と診断されれば心神喪失
なら無罪判決、心神耗弱状態なら有罪ではあるが減刑される。
(この場合の精神病というのは具体的に言うなら統合失調症の
ことが多いようだ。他、鬱病、鬱状態、てんかんなどが考えられ
る。神経症や適応障害、人格障害は精神病とみなさず、責任
能力ありと鑑定されるようである)

では、少年事件の場合はどうか。
神戸連続児童殺傷事件の場合、加害者A少年の精神鑑定が
観護措置をとられてから第一回審判で決定され、3ヶ月かけて
少年鑑別所に鑑定留置されて精神鑑定を受けている。
結果、行為障害と診断され、さらに放置すれば統合失調症や
解離性障害などになる可能性があると結論された。その結果、
家庭裁判所は責任能力ありとし、事件はA少年の犯行である
と認めた上で、治療が必要として医療少年院送致を決定した。

問題は、この「治療が必要である」と認める場合なのだ。
精神鑑定を行った結果、なんらかの精神障害が認められたな
ら、成人のように無罪や減刑ではなく、「医療少年院送致」と
いういわば、「有罪判決」が言い渡されるのである。(安易に
少年事件の結果を成人の判決と比較するのはそれはそれで
問題があるのだが、それはまた、後日)

現に、その数年後に起きた佐賀バスジャック事件や、愛知「経
験してみたかった」殺人の17才の犯人達はそれぞれ精神鑑定
の結果、医療少年院送致の決定を受けている。
果たして、医療少年院が精神病院としてどの程度の治療を行
えるのかが疑問となる。勿論、こうした事件の犯人達が送られた
2つの医療少年院(関東及び、京都)は病院としての機能が整備
されており、医師や看護師が常勤し、治療と矯正の両面を行える
ようになっている。(はずだ(^^;))
もし、成人の加害精神障害者が保安処分として送られる施設が
将来整備されるとしたら、この医療少年院が雛形として有効で
はないかと、私個人は考える。つまり、精神疾患を持った加害
少年たちは成人では未だ整備されていない保安処分を受けて
いると解釈してもよいのではないかと思う。

そのほか、最近の事例で気になったことを列挙する。
一つは、精神鑑定をどの場所で行うかに関する問題である。
新大久保地区で13才の中学生が5才の子供をマンションから
突き落とし、殺人未遂事件となり、児童相談所から通告されて
家裁送致となり、精神鑑定を受けた事件。このとき、13才の
女子少年は都内の公立精神病院に送致されてそこで精神鑑
定を受けることとなったのだが、報道によると「保護室で事実上
監禁されている」として弁護士が東京少年鑑別所に場所を戻す
よう準抗告した。精神病院の閉鎖病棟の保護室と言ったら、私
の経験上(^^;)、暴れたり怒鳴ったりする落ち着かない統合失調
患者を落ち着くまで収容する場所であるわけで、少なくとも、13
才の病気かどうかもわからない女の子を収容するにはひどい環
境である。それと関係あるかどうかはわからないが、触法少年
として家裁送致された時点では犯行を認めたこの女子少年は、
鑑定後、証言を翻して自分は突き落としてはいないと犯行を
否定するようになってしまった。結局、13才であるため、少年院
送致も検察官送致も現状では不可能なため、児童自立支援施
設送致となり、女子を収容する児童自立支援施設のうち、唯一
施錠による行動制限を行える国立きぬ川学園に送致された。
せめて、精神病院で行うなら、一床部屋を確保できなかった
のか?もしくは児童精神科病棟なりで行えなかったか?何故
鑑別所での鑑定ができなかったのか、疑問の余地がある。

もう一つは去年末、茨城県で2件発生したひきこもり息子に
よる両親殺害事件。一方は成人だったため刑事裁判の手続き
でよかったのだが、問題は水戸市での犯行の方で、犯人とさ
れたのは19才の少年だった。検察庁は拘留期間中に鑑定留
置を請求し、家裁送致前で手続きが止まってしまった。50日の
鑑定留置が終了したところ、なんと19才の少年は誕生日を迎
えて20才となり、成人として家庭裁判所ではなく、地方裁判所
に起訴された。鑑定の結果は離人症を認められるが責任能力
ありとされている。この経緯はどう考えても成人になるのを見越
した検察による鑑定留置であったと考えてよいのではなかろう
か?もし、家裁送致されていて、鑑定留置を受けなかったとし
たら、結果検察官送致となる場合もあるが、もしかしたら少年院
送致となった可能性も否定できない。どちらのほうが、よりこの
犯人とされた少年にはよかっただろうか?

4月 2, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (1)

今日の気持ちを忘れずに

今日付で各矯正施設に新拝命された方が多くいるかと思います。

初めて自分の制服に袖を通し、国家公務員としての宣誓文を所長の前で読み上げたかと思います。
どうか、そのときの気持ちを忘れずにいて下さい。

厳しい現実をすぐ目の前に突きつけられるかと思います。
その現実にどうやって対処していくかは個々でやっていくしかありません。
あわないと思ったら、「公務員」という職業にしがみつくのではなく、さっさと辞めた方がいろんな人にとって幸せになれるかとは思います。

矯正職員としての自覚をしっかり持って下さいね。
世間からは厳しい目で見られているということを念頭に置きましょう。

願わくば、ドロップアウトしたり、矯正職員としての道を外さぬコトを祈ります。

4月 1, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (2) | トラックバック (0)

緑と花と小動物は生きる力を与える

こぶたさんのコメントを読んで、つくづく緑と花と小動物は人に生きる力を与えてくれるモノだというのを改めて感じました。

刑務所勤務時代、工場の休憩時間に花の手入れを熱心にしていた被収容者。拘置所勤務時代の運動時間に花の手入れを熱心にしていた被収容者。美しい花や緑を愛でる。その花や緑を育てるために一生懸命になる。そんな彼女たちの表情を見ていると、ほっとしたモノです。

拘置所勤務時代には、運動場に鳥小屋がありました。雑役係を中心に小鳥や転勤当初の女区長が拾ってきた雌鳥の世話とかもしてもらってました。
世話をしたり、眺めたりする姿。そこには、女の人らしい、やさしい感情にあふれていました。

残念ながら、昨今の過剰収容により、一部の施設では工場にするためのスペースを確保するために花壇を壊さなければならなかったりします。非常に残念なことです。

緑、花、小動物。犯罪者が人らしい心を取り戻すためのきっかけでもあったりします。

近代的な建物もいいのでしょうけども、心のエネルギーを奪うような施設では被収容者の更生にもならないでしょうし、職員もダメになっていくと思います。

3月 25, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (1)

刑務官の朝(自宅通勤編)

官舎編と自宅通勤編、何が違うかって?

施設に隣接していない官舎に住んでいたり、自宅に住んでいる場合は、私服で登庁します。施設によっては、いろいろうるさく言われる施設もあります。ジーンズ禁止とか。

自宅通勤であろうが、始業時間は変わるわけではありません。
私の場合、片道約1時間かけて通勤していました。
早出(7:20点検)勤務に間に合うためには、7:00には施設に着いていないとダメです。で、通勤時間が1時間。朝家を出るのは、6:00。んでもって、起床はと言えば5:00でした。
電車通勤ですが、さすがに通勤ラッシュなんてコトはなく、早朝の電車の中で眠気を解消して、施設の最寄り駅に着いたらそこから徒歩です。
とにかく眠い。冬場は、日の出ていないうちに家を出て、帰る頃には日が暮れているから、娑婆で太陽の光を浴びることがなかった(泣

施設に着いたら、更衣室で着替えをして、それから待機室に向かいます。そこから後は官舎編と同じです。

我ながらよく頑張りましたねとほめたいぐらいです。
だって、今の会社10時始業で、しかもタイムカードもないし。

3月 23, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

刑務官の朝(官舎編)

暗い話題が続きましたので、ちょっと女子刑務官の日常ライフを思い出してみます。

刑務官の朝は早いです。
女子の場合、7:30から勤務(以降、早出)、と8:30から出勤(以降、遅出)の2パターンです。

施設に隣接する官舎に居住している場合、制服を着て出勤します。歩いて5分かかるかどうかですから、通勤ラッシュとは全く無縁です。

出勤をしたら、出勤簿に印鑑(シャチハタは不可)を押して、配置板の見ます。コマに名前が書かれているので、自分のコマを探します。日勤者は配置が固定されているので、交代の順番を見るだけですけども、夜勤者は配置箇所もその日によって違いますので、配置も確認します。交代勤務の場合は、交代の順番も覚えないといけません。
で、配置を確認したら、コマをひっくり返します。未出勤が赤、出勤済みが白というパターンになるでしょうか。赤のままだと電話連絡が入ります。まずは待機室へ、その後は本人(現在だと携帯か)へです。

その後は、いったん荷物を置きに待機室に行きます。そこで、早出者同士の情報交換や準備をします。

早出か遅出で朝点検を受けることになります。なお、武道訓練などで点検免除になることもあります。早出or遅出は1ヶ月ごとにシフトで決まります。
朝点検は、勤務開始前の10分前です。それまでに点検場にいかねばなりません。朝点検時は、白手袋をはめて、号令とともに点検官に敬礼。その後訓示などがあります。刑務官3品(刑務官手帳、捕縄、呼子笛)の検査もあります。

朝点検に出られず、しかも始業時間に間に合わなければ手続書(始末書)を書かされます。私は1度あやうく書く羽目になりました。前の日の深酒が原因で(←大アホ)。このときは、かろうじて始業時間には間に合って、上司に怒られるだけですみました(^^;

日勤者の場合は早出、遅出両方あります。夜勤者は遅出がほとんどで早出は滅多にありません。
早出で何をするかといえば、主に被収容者の朝点検、朝食の配食立会、朝食後の投薬といったところです。当然のことながら、夜勤者から被収容者の動静の引き継ぎを受けてからです。
刑務所でも拘置所でも朝食は居室で食べるので、刑務官・被収容者いずれも大忙しです。

刑務所の場合、食後は工場へ出房です。鍵のかかっている居室を順番に開けていかなければいけません。
拘置所の場合は、投薬を聞いたり、願箋を配ったりします。舎房担当によっては、遅出で交代するまでに願箋配っておいてねという無茶なことを言う人もいたりします。こっちとしては後輩でも階級は上なので、「はいはい、すみません」と謝っていましたけど、正直その先輩が正担当をしている舎房の早出担当や応援に就くのはちょっとイヤでしたね。

8:30になると、早出応援が終わって、正担当に引き継ぎをして通常の勤務に戻ります。

次のトピックは自宅通勤編です。

3月 22, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

死んでしまったら何にもならない

2chで拾った情報です。

来年度から福島で勤務することになっていた東京拘置所の女子職員が官舎で自殺をしてしまったそうで……
彼女に死を選ばせるほどの何があったのかは私にはわかりません。
第一発見者である同居人はそのショックで実家に戻ってしまったそうで、その後どうなったのかわからないとのことです。
確かに、仕事柄被収容者の自殺姿を見ることはあるかも知れませんけど、同僚である刑務官の自殺現場を見た日にはやっぱりショックがでかいと思います。20そこそこの娘さんには耐えられないと思います。

ただ、一つ言えるのは、どんなに辛くても自ら命を絶つのだけは絶対にダメです。
まあ、自殺未遂やらかした身ではえらそうには言えないのですけどね……。発作的にネクタイで首締めてみたり、もらっている薬を一気のみしてみたり。結局死ねなかったので、こうやってBlogを書いているのですけども。

辛かったら辞めるという選択肢だってあったのだろうに、それすらできなかったかと悔やまれます。
自殺してしまったら周囲を悲しませるだけです。

刑務官の仕事は確かに精神的・肉体的にきついです。報道こそはほとんどされませんが、年に何人かは自殺で亡くなっています。

採用系掲示板とかでは、内定云々で騒いでいますけど、拝命したとたん、後悔に変わらないことを祈りたいです。

仕事を続けることの苦しみと、辞めることによる苦しみ。それはそれぞれの事情によって異なってくるかと思いますが、死んでしまっては何もならないとだけは強く言っておきます。

3月 22, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (7) | トラックバック (0)

以前にも書いたのにー。(怒)

刑務官採用試験についての質問が来てる。ぷんすか。

過去記事を読んでいるのなら、質問しないで欲しいという旨を書いたトピにも目を通していませんか?

少なくとも、国会で予算が通らないと、管区や施設では何人採用できるのかとか正確に答えられないわけ。それは国の機関である管区や各施設は国家予算で運営されているのだから。
私の場合も、採用が決まったのは拝命の数日前でした。

過去の文書にまともに目を通さないと言うことは、実際に採用された場合に、実務では過去の通達などにちゃんと目を通さない可能性が高いですね。んなことやっていたら、もちろん周囲に怒られますからね。

プロフィール欄にも採用試験関連についての質問お断りの旨を追加しましたので、もし次同様の事案があればメールアドレスとFrom名晒しの刑に処します。

3月 15, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (5) | トラックバック (0)

転勤について

刑務官の転勤は2つのパターンに分かれるかと思います。
退職後に転勤制度が変わっていなければですけど。

1つ目は、幹部コース用で、これは2年ないし3年をめどに全国の施設を渡り歩きます。若くして幹部コースに進んだ場合は管区や本省(法務省)などでの勤務もあります。
幹部コースは国家1種で採用されるか高等科を出ることで進むことが可能になります。刑務官採用試験で刑務官になった場合は、初等科(1年目)→中等科(2年目もしくは3年目以降入所試験合格)→高等科(中等科卒業後入所試験合格)ということになります。

2つ目は帰郷転勤とよばれるものです。実家がある地域の施設に転勤するのがほとんどですね。イメージ的には、転勤先の施設で勤め上げるといった感じです。
この場合、転勤に関わる費用はすべて自分持ちになります。

私も帰郷転勤しました。転勤希望調査があってそこで記入することになります。そりゃ、実家に近い施設で勤務したいというのはあったのですけど、こんなに早く通るとはといった感じでした。
希望施設によっては何年もかかってようやくというケースもあります。逆に拝命1年未満での帰郷転勤もあります。こればかりは、希望施設の空き人員の問題が絡んでくるので何とも言いようがないです。

私が拝命して間もない頃から幹部コースをめざしているのは周囲には知れ渡っていたので、通常の帰郷転勤とは事情が違ってますね……どうやら初等科研修時の研修所のお偉いサンのコネもあったみたいです。幹部コースを歩み始める前に拘置所での勤務体験もさせておきたかったみたいです。

もし、私が順調に幹部コースを歩んでいたとするなら……?今となっては想像もつかないですね。

3月 6, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (2) | トラックバック (0)

刑確定による収監

通常、拘置所に収監されるのは、逮捕→勾留という流れです。

しかし、今回取り上げるようなニュースのように、刑確定による拘置所収監もあります。
坂井隆憲前議員:東京拘置所に収監 控訴を自ら取り下げ
保釈とか在宅起訴になるケースで実刑食らってというのは珍しいのですけどね。
今回の場合、控訴もしないで刑確定ということで、そのまま東京拘置所に収監になったみたいですね。

なぜ、いきなり刑務所に収監されるのではなく、拘置所に収監されるのかと言えば、どこの施設で服役するかを決定するためにいろんな調査を行うからです。
服役先は刑務所とは限りません。実は拘置所の経理作業(炊場、舎房の雑役など)に就く場合もあるからです。


3月 1, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

ミニカップヌードル

今の職場で、目の前の席に座っている香具師がカップヌードルをすすっている。
その匂いで、拘置所勤務時代を思い出した。

私が勤務していた拘置所では、被収容者がミニカップヌードルを購入したり、差し入れしてもらったりできる。(当然未決のみ)
で、そのカップヌードルを食べるために必要なお湯を平日1日2回(AM,PM)配り歩くのだ。舎房の担当が暇なときは担当にお願いするのだけども、忙しいときは雑務係がやっていた。
10リットルぐらいのポット2個にお湯を入れる。房には柵があるからその間からお湯を注ぐのだ。
ちなみに、そのお湯は紙カップ入りインスタントコーヒーを飲むときにも使う。

スーパーやコンビニで、ミニカップヌードルと某社の紙カップ入りインスタントコーヒーを見ると、拘置所勤務時代をつい思い出してしまう。ちょっと悲しい。

2月 25, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (2) | トラックバック (0)

1部対2部の争いはやだけどさ

どーも、はじめまして、ゲストライターとして呼ばれましたので出て参りましたm(_ _)m 。
たつみと申します。現在は無職ですが元某鑑別所法務教官です。あ、少しだけど少年院にもおりました。

2ちゃねんねるあたり見ていると未だに1部2部の確執ってのはありますねぇ。
2部には2部で、教官と技官の確執があるんですが。。。。まぁ、研修体制変わったから少しは変わったのかな。
(初心者用に。1部とは矯正職員研修の時、刑務官は1部、法務教官は2部って呼ばれて別の授業なんですよ)
まぁ、早々代わりはしないだろうな。

先日はあびるUさんがかましてくれましたが、あれ、被害届出されて警察が受理して事情聴取まで行ったら事件成立、家庭裁判所に送致ってことになるよな?とか。少年事件は全件送致主義、小さな事件でも送致しますし。
年齢的にまだまだ少年鑑別所、少年院の方だそうだし。仮に観護措置とか取られたらどうするでしょうね、テレビ局。番組的にもやばくないっすか? ま、明るく内部の話ししてくれるんならそれも広報の一環かなぁとか(笑)。
今後の動向に注目です。

2月 21, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (7) | トラックバック (0)

最近札幌管区ネタ多すぎ

Yahoo!トピックスで、「死刑容認、過去最高の81.4%(この該当記事はこちら)」を見つけて、YOMIURI ON-LINEでの記事を探そうとしたら、
北海道内15矯正施設のうち6か所で無資格調剤」という記事が……また札幌管区ですか。

 網走刑務所など北海道内の矯正施設の11診療所に薬剤師が配置されておらず、うち少なくとも6診療所で薬剤師法に違反して准看護師が調剤していたことが19日、分かった。
確かに常任の薬剤師までがいる施設となるとかなり限られていますし、医者は外部から来てもらっていますから、普段いる医療従事者が准看護士だけという施設もありますね。 で、なぜ問題となるかというと、薬剤師法第19条と関係します。
(調剤)第19条 薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない。ただし、医師若しくは歯科医師が次に掲げる場合において自己の処方せんにより自ら調剤するとき、又は獣医師が自己の処方せんにより自ら調剤するときは、この限りでない。 1.患者又は現にその看護に当たつている者が特にその医師又は歯科医師から薬剤の交付を受けることを希望する旨を申し出た場合 2.医師法(昭和23年法律第201号)第22条各号の場合又は歯科医師法(昭和23年法律第202号)第21条各号の場合
ということで、准看護士による調剤はこの条文に違反すると言うことになります。 たぶん、他の管区でも調査が入ると同様の指摘を受ける施設が多数出ると思います。勾留や刑の執行を行う施設である以上、身柄の確保に関することは重要ですから、それを阻害するような要素は改めていって欲しいですね。

記事中には薬の誤配の件も書いてありますが、誤配の原因は調剤側が原因の場合と、現場のミスと両方が考えられます。
後者のミスは、薬を投薬する際に他人の薬を間違って投与してしまう場合です。投薬時に薬袋が入った箱を持ち歩く場合に起きやすいと思います。私も何度ひやっとしたことか。刑務所時代は薬袋が入った箱を持ち歩いていました。刑務所の場合は昼間は工場ごと、夜間や免業日は舎房ごとに人が分かれますので薬も一緒に移動です。拘置所時代は、あらかじめ袋から薬を取り出して名前を書いておいてから投薬していました。ちなみに複数の錠剤とか粉薬がある場合は、舎房に届ける前に医務から来た薬を事務所で1回分ずつホッチキスでまとめていました。誤配のリスクについては、拘置所でやっていた形式の方が遙かに小さかったですね。

投薬に関しては生命や健康に関わるモノですし、誤配とか薬の隠匿とかには気をつけないといけません。食後の忙しい時間帯の投与になることがほとんどなので、刑務官にとっては日々大変な作業だと思います。

投薬に限らず、間違いが許されないコトが多い刑務官の仕事は本当に大変です。現役の方々には、心身を壊さぬよう、職務にあたってほしいものです。

2月 20, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (0)

あびる優

昨日の夕方まで寝込んでいて、ネットをチェックしていなかったのですけども、どうやら「あびる優」祭り中だそうでして。
祭りになるまで、「あびる優って何者?」だったのですけども。

どうやら、店の倉庫から食べ物や飲み物を段ボールごと運び出すという集団窃盗をやっていたそうでして。しかも、公共の電波でカミングアウト(日本テレビ 2/16放映 カミングダウトにて)するという非常にまぬけっぷり。

窃盗罪は懲役10年以下の刑で、公訴期限は7年ですから、当然逮捕して公訴することも可能になります。18歳だから少年ですけど、刑事処分相当として刑事裁判を受けさせることが可能ですし、不定期刑に処することも可能です。

実際にはこの程度で刑務所行きにはなりません。それに、刑務所に送られるとなるといろいろと面倒なのですよ。特に女子は。
男子の場合は少年刑務所というのがあります。これは、26歳未満の受刑者を収容するための刑務所で、そこで少年受刑者も収容されます。少年の場合、成年と違って教育的な配慮も必要になってきますが、少年刑務所ではそのノウハウを持っています。
しかし、女子の場合は全国5+1カ所にしか刑務所がありません。しかも少年刑務所なんてモノはなく、老若ごちゃ混ぜなのです。その上、監獄法では少年の拘禁に関する規定(第16条第3項、第16条第4項)で、成人と一緒にすることができません。

監獄法第16条第3項
十八歳未満ノ者ハ第二条第二項ノ場合ヲ除ク外十八歳以上ノ者ト其監房ヲ別異ス但心身発育ノ状況ニ因リ其必要ナシト認ムルトキハ此限リニ在ラス

監獄法第16条第4項
前三項ノ規定ハ工場ニ於ケル就業ノ場合ニ之ヲ準用ス

監獄法第16条第3項では18歳となっていますが、少年法によって20歳と読み替えることになります。
女子少年が刑務所にとなると、実質は昼夜独居拘禁になってしまいます。周囲は成人ばかりですから居房は当然のことながら、工場も別にしなければいけません。少年用の工場を女子刑務所は持ち合わせていません。従って昼夜独居になってしまうのです。昼夜独居拘禁は成人ですら非常にきついのに、少年にこのような処遇を長期間科すとなれば、矯正教育はおろか、更生の妨げになってしまいます。

まあ、逮捕に至ったとしても、実際には少年審判を受けてというレベルだと思います。

今回の件に関する詳しい経緯とかは、まとめサイトでどぞー。
それと、たつみさんの書いたトピックも参考にして下さいませ。

2月 18, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (6) | トラックバック (1)

夜勤明けの飲み会

まあ、収容過剰が私の現役時代よりひどくなっていて、非番居残りが当たり前の時代には、こんなコトやってられないのですが。
個人的失敗談としてお聞き下さい。

刑務所勤務の時は女性ばっかりですから、夜勤明けに宴会なんてお馬鹿なことはせずに、近所の喫茶店でお茶したりしていました。

拘置所勤務時代に、夜勤部(私と先輩以外は男子ばかりで約30名)で飲み会をしようと言うことになって、しかも夜勤明けにと言うのがありました。近くの公園で焼き肉パーティです。先輩は所用があるからと言って参加せず、私はといえば、唯一の華的存在として参加せざる得ない状態に。
夜勤明けだから、酒の回るのがめちゃくちゃはやい。350ml缶チューハイをたった2本しか空けていないのに、ふらふらなのです。普段ならその3倍は飲んでも大丈夫なのに。

その日は運悪く?電車に乗って実家に帰ることになっていました。
実家までは電車を3本乗り継がないといけないのですが、1本目の電車に乗ってしばらくすると、気分が悪くなってしまったのです。まさか、電車内でゲロするわけにもいきませんから、途中の駅で降りて、ホームのベンチに横たわることに。しばらくすると、眠気も襲ってきたのですが、気がついたら、駅員さんがそばにいるじゃないですか!どうやら、誰かが駅員さんを呼んだようです。

そして、私は駅長室に保護されてしまいましたよ……幸い、職場のこととかは聞かれなかったですけども、うら若き乙女?が真っ昼間から酒のにおいをさせて横たわるという、非常にとほほな体験をしましたとさ。

これに懲りて朝から酒を飲むなんて馬鹿なことは2度としませんでしたけども、禁酒は無理でしたね。
現に、今でもお酒はたしなみますし。

女子の場合、お酒はあまり飲めなくても大丈夫ですのでご安心を。

2月 12, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

発覚時期が悪いよね

訴訟書類渡し忘れ/札幌拘置支所

1/29日の記事なんだそうでして。
事案自体は2年前のコトなので、ここ最近に起きた事案とは違うのですけども、
また 札幌拘置支所
という印象がありますね。

訴訟に関係する各種書類は、庶務課の職員が被収容者の居房に出向いて交付します。交付した場合は指印をとります。私が勤務していた当時は、男性職員が書類を交付する担当でしたので、来られたときには一緒に立ち会っていました。

未決処遇をする場合には、訴訟関係の書類に多く触れることになります。現場でだと、「控訴申立書」「上告申立書」「控訴取下書」「上告取下書」などの書類を取り扱います。提出期限がシビアであったり、現場の職員が受領した時点で書類の効力が発生するというモノですから、取り扱いには非常に気をつけなければいけないものです。

2月 5, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

刑務官お食事事情

刑務官の場合、一度出勤すると勤務が終了するまでは外に出ることができません。
したがって、OLさんみたいにお昼ごはんを買いにコンビニへ行ったり、外食できないのです。
その代わりといっては何ですが、「職員食堂」があります。「官炊」か業者が入っています。

官炊の場合は、実際に調理をするのは受刑者です。もちろん、刑務官による戒護があります。包丁なども扱う作業ですから、当然それなりに行状の良い受刑者にしか作業に従事させません。んな、いきなり包丁ブンブンなんてされたりしたらたまったモノじゃないですからね。
1食の値段も400円程度とリーズナブルです。あらかじめ食券を購入して、朝のうちに予約しておきます。メニューは日替わり定食や麺類ですね。
女子施設の場合は、女子受刑者が作ると言うこともあってか、結構美味しいモノが食べられます。でも、土日祝日などといった免業日はやっていないので、そのときはお弁当です。

業者の場合は、普通の食堂と同じです。勤務していた拘置所の食堂は不味いし、女区からも遠いので、勤務期間中1度も食べたことなかったです。実は、転勤前に護送勤務で行く機会があって、そのときに食べたらゲロマズだったんで……。女区の職員は、みなお弁当でしたね。といっても、私の場合、料理があまり得意じゃないので、あらかじめ買っておいたパンとかインスタントとかになることも多かったです。
食べるのは、待機室です。

現場に出ている場合は待機時間(30分)中に食べないといけません。担当場所への往復時間、上司への報告時間、用を足す時間を計算すると、実質15分程度で食べないとダメです。故に、刑務官は早食い。

夜勤日の夕食はというと、平日は食堂を利用することができます。予約制です。
刑務所時代は一緒に夜勤する先輩たちと一緒に食べていました。16:00からの待機時間に食べます。
拘置所時代は、お昼同様持ち込んだ食事でしのでいました。従って、夜勤の日は2食分の食事を持っていっていました。人数が少ないこともあって、16:00にではなくて、その後の待機時間に食べていましたね。

さて、夜勤していると腹が減ってきます。夜勤者の暗黙の了解として、小腹を満たすためのモノ(お菓子、ミニカップ麺、スープなど)を持参するというのがあります。そして、待機時間中や仮眠する前に食べます。

と、ここまでは施設内での話でしたが、施設の外で食べる場合もあります。それは、裁判所出廷勤務と検察庁勤務です。いずれにも食堂や売店があるので、戒護勤務にあたっていない時間帯で食事をとります。制服を着ているので、裁判所や検察庁の外には出られません。

2月 2, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (7) | トラックバック (0)

辛い仕事を辞めるための最も適切な口実

内定待ちのシーズンですね。刑務官採用試験を受験して、2次試験まで合格したら、後は採用待ちになります。

きっと、夢をいくつも持って、拝命してくるでしょうね。
でも、思い描いていたモノともずいぶん違うことも思い知らされます。
そして、刑務官という仕事が精神的にも肉体的にも厳しい仕事であるということも。

女子の場合、刑務官を辞めるための最も適切な口実は「結婚退職」です。
みんなから惜しまれつつ、祝福されて、しかも自分の食い扶持は旦那が稼いでくれる。
男子のように「仕事が辛いからetc.」という表の理由を出さなくてもいいですしね。
うーん、なんてすばらしい。

拝命した当初、ベテランの方にこう言われたものです。
「さっさとええ人見つけて、辞めた方がええで。」と。
意地悪な言葉のように聞こえますけども、間違ってはいない言葉だと思います。

家庭と仕事との両立は非常に難しいと思います。
子供がいないのならまだしも、子供が生まれた後ではサポートしてくれる人がいないのなら無理でしょう。
お子さんがいる女子刑務官も何人か見てきましたが、彼女たちには必ずと言っていいぐらい実家や婚家からのサポートがありました。

運良くサポートを得られたとしても、幹部コースはまず無理でしょう。2ないし3年に1度の転勤は幹部にはつきものですからね。単身赴任を受け入れるだけの覚悟が自分だけでなくて周囲にも無ければダメですし。

1月 25, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

刑務官の防寒対策(その2)

こちらもメールでご質問頂いていたので、回答します。

手袋(白)が支給されるのですけども、あくまで儀礼用という感じで、防寒用に使うことは想定されていません。
それに、被収容者と接する場合には、手袋を着けていられませんから……

とは言っても、夜勤での巡回だと寒いので、こっそり着用しているというのが現状だと思います。

(追加)
手袋を着ける必要があるのは、日常の勤務では、朝の点検時ですね。

1月 24, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (10) | トラックバック (0)

現在の仕事

メールにてご質問をいただいていたので、ご回答を。

今の仕事はというと、Web系プログラマー兼サーバ管理者兼技術サポート兼Webディレクターという感じです。

刑務官の仕事を辞めてから困ったのは、なんと言っても転職です。

刑務官だった頃からPCに関するそこそこのスキルは身につけていましたけど、「未経験」あつかいにされてしまいます。辞めた当時だったら、WordとExcelがそこそこ扱えるだけでも十分だったはずなのですけどね。
年齢的には未経験で通用するかどうかのギリギリの年齢(当時27)だったことも痛かったと思います。

その上、本当の退職理由が「うつ病」ですから、私の方も人間関係で悩むような職場はイヤだなと思っていました。
面接の時とかは「身体を壊してしまって」と言っていましたけどね。

刑務官を辞めてから現在に至るまでの職歴

  1. 伝票入力
  2. インストラクター(派遣)
  3. 開発&サポート
  4. テスター(派遣)

女子刑務官が辞めるケースはほとんどが「結婚退職」です。
それ故、私みたいなケースで辞めてしまった場合、先をどうするかは非常に頭が痛いと思います。
肉体労働系でもいいというのなら、警備員とかに転身するという手がありますけどね……。

あ、そうそう。もう一つの質問にはお答えすることはできませんのでご了承下さい。

1月 24, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

女子被収容者を妊娠させた元看守部長に懲役3年

判決軽すぎ。

1月 13, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

留置所もいっぱい

大阪では留置場もいっぱいだと、府知事がぼやいているそうです。たしか、おとといぐらいの産経新聞の1面記事だったとおもいます。

刑務所の過剰収容のあおりをくって、拘置所に入所している受刑者の刑務所移送が進まない。その上、大阪拘置所の場合は、控訴による他の拘置所(含む拘置支所・刑務所)からの新入も受け入れなければいけない。これは、控訴することで、裁判の管轄が近畿2府4県内の各地方裁判所から大阪高等裁判所に移るためなので仕方ない。さらに困ったことに犯罪者は増え続けているし。犯罪者の受け皿がどこにもないのですよ。

そりゃ、軽微な犯罪で、更生の余地があって、引き受けてくれる人がいるなら起訴猶予とかで済ませられるかもしれないけど、そうじゃないケースが多いから、勾留せざる得ない。受け皿がないから、勾留しませんってわけにはいかないもん。

たちの悪い犯罪には厳罰化は当然だとは思うけど、受け皿がなければどうしようもないのですよ...

1月 13, 2005 日記・コラム・つぶやき | | コメント (8) | トラックバック (0)

宴会で夜勤を外すとは

札幌拘置支所長、女性刑務官全員の宴会参加で当直外す
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20041214i401.htm

 女性受刑者60人を収容している札幌拘置支所(札幌市東区)で先月、職場の宴会に女性刑務官を全員参加させるため、沢村佳夫支所長(55)が勤務ダイヤを変更して男性刑務官だけを当直にあたらせていたことが13日、分かった。
 同支所では、女性受刑者へのわいせつ行為を防ぐため、必ず女性刑務官を当直に加えるよう運用している。札幌矯正管区は「ダイヤ変更の理由が適切だったか調査の上、処分も検討する」としている。
 同矯正管区によると、11月19日午後7時ごろから市内の飲食店で、沢村支所長以下約50人が支所の歓送迎会と忘年会を兼ねた宴会を開いた。この夜、当直勤務予定だった女性刑務官を男性刑務官と交代させたため、当直が全員、男性刑務官になったという。

もうアホかと。
仕事の性質上、誰かが勤務しているのはごくごく当たり前のことなのです。だから、皆が皆、宴会に出られるわけではありません。宴会を理由に夜勤を交代、まして異性に交代なんてふざけてますな。

札幌拘置支所の女子職員の人数が約10名とのことなので、看守長クラスがいるかはわからないのですが、日勤者2名程度、夜勤者8名なのでしょうね。で、当日の夜勤者を宴会に出すために、男子の刑務官に交代したと。
夜勤者が8名ということは、1日あたりの夜勤者は2名。従って、21:00〜6:00までの時間帯は女子1名か男子2名で巡回になります。
で、その日は女子の刑務官が2名とも男子に置き換わったのですから、4名の男子刑務官を割り当てないといけないはずです。男子2名をよけいに割いたとしても、職場の華的扱いな女子に宴会へ参加して欲しかったとしか思えませんね。

 今年6月、豊橋刑務支所(愛知県豊橋市)の男性看守部長が、女性収容者を妊娠させたとして特別公務員暴行陵虐容疑で逮捕された。その後、札幌拘置支所のような中規模以上の施設では、女性刑務官の人数が一定以上の場合、当直に女性を入れるよう運用されている。札幌拘置支所の刑務官は約70人で、うち女性は約10人とみられる。

と記事には書かれていますが、以前から女子被収容者がそこそこ居る施設では夜勤があります。私が勤務していた施設はそれなりの規模がありましたので、当然夜勤がありました。
女子の夜勤がないのは、神戸拘置所、京都拘置所、小規模な拘置支所、男子刑務所でしょう。

12月 14, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

刑務官の防寒対策

現場にたつ刑務官にとって、冬場の勤務、特に夜勤は辛いものがあります。
寒冷地手当が出るような施設ならまだしも、そうでない施設での暖房はというと、担当台付近にぽつんと石油ストーブかファンヒータが1個おいてあるだけなので、あまりにも心許ないのです。
仕事の性質上、ストーブの周りにずっと居られるわけではありません。当然巡回が必要です。

さて、刑務官がとりうる防寒対策なのですが、

  1. カイロを使う
  2. 制服の下に着込む
ぐらいしかとれません。防寒用のコートも一応あるのですが、防寒効果があまりなくて、夜勤の時の巡回で衣服がこすれる音がするので役立たずです。

最初のカイロは背中に1個、ポケットに1個といった感じでしょうか。背中のは通常サイズの貼るタイプ、ポケットのはミニサイズのノーマルタイプがいいかと。

2番目の制服の下に着込むのですが、そのせいもあって、冬制服のサイズは夏制服のサイズより2周りぐらい大きいのを支給してもらう必要があります。というより、用度課の人が気を利かせてくれるのですけどね。
女子の場合だと、上は、おばシャツ、Yシャツ、VネックセーターorVネックカーディガン、冬制服上衣でしょう。セーターやカーディガンがVネックなのは着用していることを被収容者に悟られないためです。制服上衣から裾が見えてしまうのもまずいので、裾をズボンの中に入れることもあります。下は、パッチor長スパッツor厚手タイツ、靴下2枚ばき、ズボンといったところです。

まあ、これだけの防寒対策を施しても、やっぱり冬場の勤務は辛いですけどね……

12月 1, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

77歳に死刑判決

11月19日に、室戸連続保険金殺人事件の坂本 春野 被告に対して上告却下による死刑判決が確定したとのことです。

高松管区での事件でしたので、死刑執行施設は大阪拘置所になります。
これは高松管区には死刑執行施設がないためです。

和歌山カレー事件の被告までは、大阪拘置所女区で死刑執行がないかと思っていたのですけども、先にこちらが執行される可能性が高いですね。
刑務官の立場的にいうと、死刑を執行するのがいいのか病死してもらう方がいいのか非常に難しいところだと思います。もし、自分がまだ現役だったら、きっと割り切れない気持ちを持ちながらも、「仕事は仕事、刑の執行を」と思うのでしょうか。

おそらく今の大阪拘置所女区で死刑執行の経験をしたことがある職員は居ないでしょうから、彼女たちが抱える不安とかとまどいとかは非常に大きいと思います。
見知っている誰かが死刑執行役に携わらなければならないと思うと、非常に辛いです……

11月 30, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

お願い

刑務官採用試験に関するお問い合わせにはお答えすることができません。

刑務官採用試験を受験してから10年近くの年月が過ぎていますし、ましてや退職してからも数年が経過しております。現状がどうなのかといわれてもわかりません。

わからないことに対しての回答によって、逆にご迷惑をおかけする結果にもつながりますのでご了承ください。

11月 30, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

先生と呼ばれて

女子施設の場合、看守は「先生」と呼ばれます。
被収容者からだけでなく、職員同士でも「先生」と呼び合います。
これは、刑務所、拘置所両方に共通していますね。

看守部長になると、職員からは、「部長」と呼ばれるようになります。被収容者からは「部長さん」ですね。
部長に昇進したての頃は何となく呼ばれるのが照れくさかったりするのですが、それもしばらくすれば慣れます。
階級は袖口の部分を見るとわかるようになっていて、看守部長の場合銀色の線が入ります。

副看守長は、職員からは、「副看」や「主任」と呼ばれるようになります。両者の違いはというと、「主任矯正処遇官」かどうかで分かれます。実は、階級以外にも「矯正処遇官」という制度?なるモノがあります。まあ、被収容者にはどっちなのかはわからないので、(袖口に)金線巻いていたら、「主任さん」といっているみたいです。

「先生」と呼ばれることで、何かえらくなったと勘違いする職員もちらほらいます。そういう職員は、被収容者への態度を見ると一発でわかります。
別に被収容者から「先生」と呼ばれたところで、ちーっともえらくなんてないのです。


11月 16, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

集合研修でのお楽しみ

と言えば、けん銃繰法でしょう。(除く飲み)
初等科、中等科いずれでも実施されます。
同じ矯正職で、同じ時期に研修を受ける法務教官(2部)の連中にはこの訓練はなく、刑務官(1部)だけのお楽しみです。

訓練は、最初研修所の体育館でプラスチック弾を使って行います。けん銃の取扱方法を学ぶのです。
刑務官が学ぶ繰法は、片腕で撃つ繰法です。口径を忘れてしまったのですけども、警察で使うモノと確か同じだったような。
プラスチック弾とはいえ、段ボールぐらいは軽く打ち抜いてしまえる威力があります。
このときは、銃を撃ったときの反動というのはあまり感じません。

そして、なんといっても、警察学校に行っての実弾を使った訓練は迫力モノです。
警備服を着て、バスに乗って警察学校に行きます。気分はちょっとした遠足です。
で、実弾を使っての訓練ですけど、撃つと反動がえらくあります。私なんかは非力なので、利き手でも持っているのが厳しいくらいでした。

警察学校の訓練場には、天井や左右の壁にも命中したであろう後がたくさん。きっとけん銃の取扱に慣れていない人たちがやらかしたのでしょう。
まあ、腕前は聞かないように。かろうじて天井命中はなかったですけど(^^;

男子なら管区機動警備隊に入れば、通常勤務の中でも訓練を受ける機会はあるかと思いますが、女子にはそういったモノへの縁が薄いので、けん銃を撃てる機会は集合研修中のみですね。

日本国内で合法的にけん銃を撃てるというのはそうそうない機会です。退職してからは、けん銃撃ったことあるのだーというとちょっとしたネタになりますね。
こういう仕事をしていたからこそ体験できたので、今となってはいい思い出です。

11月 2, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

武道訓練

刑務官の訓練の一環に武道訓練というのがあります。
ここで言う武道は柔道か剣道です。
刑務官全員が武道に精通しているわけではありません。
学生時代に柔道や剣道の有力な選手には武道拝命と言うことで声がかかることがあるようです。

女子施設の場合、柔道というのはあまり無いようです。剣道も経験者がやるという感じなのですが……、女子施設でない場合は、それなりにやることになります。

女子施設から拘置所に転勤してきた初日に、当時の女区長(前のトピックとは違う方です)言われたのが、「もう、(若年者)武道訓練始まってるから、柔道か剣道どっちにするか考えといて」。
ちなみに、この施設の若年者訓練の対象者は29歳以下もしくは拝命5年以内でどちらかに当てはまれば30時間ほどの参加義務あり。

工エエェェ(´д`)ェェエエ工工 い、いきなりですかー!

剣道は全くやったことないし、面を着けてやるというのがどう考えても暑苦しいのでパス。
なら、柔道をということになるのだけど、柔道着持ってない。

女子施設で柔道着着るなんて護身術訓練の時期だけで、それ故施設においてあるモノを借りるという感じだったのですよ。初等科の時も施設のを借りて持っていきました。
護身術訓練でも使わないといけないし、泣く泣く購入することに。

訓練は朝と夕方に行われて、朝が1時間、夕が1時間半だったと思います。朝は早出の場合は参加できません。夕は夜勤日は参加できません。
夜勤者の頃は割と参加しやすいけど、日勤者になると参加する時間のやりくりも大変でした。

で、ずぶの素人状態で柔道をすることになったのですけども、女子は素人ばっかりだったので、型から覚えないといけません。しかも毎年訓練を受けていても1年たてばさっぱり忘れるという有様ですので、いつまでたっても上達しない(^^;
訓練の最終日は柔道、剣道とも試合を行うのですけども、柔道の女子は素人ばっかりなので試合をさせるわけにもいかず、型の披露ばっかりやってましたね。

武道の心得はあるに越したことないです。

10月 16, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

「頑張れ」

「頑張れ」という言葉は、ものすごく便利ですね。励ましの意味で、ちょっとしたことから重大なことまで使えるのだから。だから、気軽に使っている人多いと思います。
だが、鬱病の人には絶対に使ってはいけない言葉です。

で、私自身は鬱病の症状が本格的になってから、この言葉に対して違和感を覚えるようになりました。一時は、嫌いな言葉の一つになっていました。

 「頑張れ」という言葉の裏には、「無理をしろ」「耐えろ」「我慢しろ」という意味が含まれています。私の場合は、その言葉の裏の意味に耐えられなくなったのです。

前のトピックで1ヶ月間の有給休暇をとったと書いたのですけど、そのとき、自宅で引きこもっていたことがあります。引きこもっていた私に母は「頑張りなさい」と言いました。母親は、「鬱病は心の弱い人がかかる人」という認識しか持っていなかったのです。
それに対して、「頑張りたくても、頑張られへんのや!」と泣きました。

復帰後、鬱病にかかっていて、しかも症状が悪化しているのに、女区長も「頑張りなさい」と言いました。女区長には診断書まで提出していましたから、もちろん私が鬱病にかかっていてその治療中であることはわかっていました。
当時、女区長は単身赴任中で、年下の旦那と離婚したところだったので、「私も離婚して辛いことがあるけど」という下りで「頑張りなさい」という言葉が出たのです。

「自分も辛いけど耐えている、だからあなたも」という論理は、鬱病の患者には通用しないどころか、大きなダメージを与えてしまいます。

確かに当時はまだ職員のメンタルヘルスがあまり問題となっていなかったので、十分な知識を持っていなかったと思うのでしょうけども、この言葉を吐きつけた女区長には、不信感を覚えました。もともとさほど関係がよくなかったところにとどめを刺したというのが正しいです。

「頑張って」という曖昧な言葉でなくて、励ますのなら、何を相手に望んでいるのか、それをきちんと伝えて欲しいと思います。
その望みさえわかれば、望みを叶えるために準備をするし、ベストを尽くせるようにできる範囲内で努力はします。

今では、たぶんそれなりにメンタルヘルスに関する知識が広まってきているでしょうし、職員・被収容者ともにメンタルヘルスに関する問題を抱えている人も増えているので、私の時のような浅はかなミスを犯すことはないとないと信じたいですけど……

10月 15, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (5) | トラックバック (0)

退職の理由

以前に、メールでご質問を受けていたのですけども、どうやら届いていないようですので、こちらで書くことにしました。

私自身が、刑務官の仕事を辞める原因になったのは、看守部長昇進後に鬱病にかかってしまったことでした。

鬱病にかかってしまったのは、看守部長になって仕事上の量や責任が増えてしまったこととか、周囲との人間関係が微妙に崩れてしまったとかがあります。直接の上司であった女区長とは、うまく人間関係を築けなかったですね。
その上、仕事でミスをする→上司に注意される→上司の目を気にしすぎて萎縮してまたしてもミスを重ねるといった悪循環状態に陥ってしまいました。

その当時、私は上を目指してまっしぐら!という感じでしたので、鬱病にかかってしまったのは、今後の仕事を続ける上では致命的でした。精神科に通ったり、1ヶ月間の有給休暇を使って休んだり、実家に戻ったりしたのですけど、そんなことで治るわけはなく、「やっぱり、この仕事に向いていない」との思いが強くなっていきました。
それでも悩んでいたもっとも大きな理由は、「お金」の問題があったからです。

もちろん、今後昇進をしないで勤務し続けるというというのもあったのですけど、精神的に完全に参ってしまって、自殺しかねない状況でした。

辞めるかどうか悩んでいたときに、女区長が代わるという話を聞いていて、期待していました。上司が代われば、人間関係も変わるのかなと思って期待もしていたのですけど、後任の女区長の人が刑務所時代の上司(しかも統括)だった人で、この人にも期待できないことがわかって、これが最終的な後押しになりました。

結局、退職すると女区長に伝えたのは、退職日のちょうど1ヶ月前のことでした。そのときの女区長がなんとなくほっとした表情を見せたのは今でも思い出すと非常に腹が立ちます。

刑務官の仕事は対被収容者でもストレスがたまりますけど、対職員ではもっとストレスがたまります。

10月 15, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

身体のリズムと臨泊

以前のコラムでも刑務官の夜勤は4日に1度あって、夜勤の日は24時間以上の拘束があると書きました。
でも、そんな生活も1ヶ月ぐらいすると身体が慣れてきます。
逆に夜勤者から日勤者になっても1ヶ月ぐらいすると身体が慣れます。
それは、身体がリズムを覚えているからです。

けど、このリズムを破壊してくれるのが「臨泊」です。
臨泊とは、夜勤者が夜勤日に休んでしまったり、早退してしまったときに日勤者が臨時で夜勤をすることをいいます。
夜勤者の夏期休暇や夜勤部の旅行などであらかじめわかっている場合もあります。
私自身が日勤者だったのは拘置所時代の話ですのでそれを前提に話を書きます。

あらかじめわかっているときは、それなりに心の準備や食事の準備ができるのですけども、朝出勤してから言われた時はもう最悪です。まず、心の準備ができていない。その上食事や着替えも持ってきていない。

急な臨泊が発生すると、一応、依頼を受ける前に「今日、臨泊できる?」と聞かれますが、そこで「できない」と答えると、他の先輩方に迷惑をかけるので、引き受けざる得ません。
ただ、急な臨泊なので、外出許可をもらって食料と着替えの調達には出かけていました。
まー、さすがに土日祝日に急な臨泊の依頼はされなかったけど、もしあるような事態になったら、真っ先に呼び出し食らっていたのは間違いない。

夜勤の勤務内容自体はいいのですけど、それなりに気を遣います。相手の人は、階級が下でも拝命年数や年の近い人と組みますし、日頃から夜勤をやっているというのがあるからです。
また、翌日の非番の日は本来の担当業務を他の人にやってもらわないといけないので、引き継ぎのことも考えないといけません。
その上、臨泊をした後は、身体のリズムがおかしくなっているので1週間程度は身体がつらくなります。

と書きましたが、私も夜勤日にいきなり休んだ前科があります。そのときはこのような迷惑がかかって、それは日勤者にとってめちゃくちゃイヤなことなのかというのは、自分が日勤者になって痛感しました。

10月 8, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

朝日が昇ると

夜勤をやっていて、後夜のときは朝日を拝むことができました。
刑務官になる前は、午前様を通り越して明け方に帰宅するときしか拝んだことのないモノでしたので、すごく感動したのを覚えています。

刑務所勤務時代、舎房の階段の窓で、朝日が昇るのをみることができたのです。拘置所勤務時代は、建物の構造上、朝日を拝むことはできませんでした。

朝日が昇ると、夜勤の終わりが近づいたのだとほっとしていました。
「ああ、もうすぐ勤務が無事に終わるのだと」

10月 4, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

夜勤は気をつかうなり

女子施設では割とキャリアの浅い方がすることが多い夜勤。
しかし、非常に気をつかいます。

夜勤の時間帯は夜勤者と当直者しかいないからです。日勤の時間帯と比べると人数がかなり減ります。施設内でのトラブルは原則として、夜勤者と当直者で対処しなければなりません。

まず、足音をなるたけ立てないようにするのですが、舎房の廊下が木でできていたりすると、つい「みしっ」といわせてしまいます。まあ、今では廊下が木なんて所はないと思うのですが、私が拝命した施設では、当時木の廊下になっている場所がいくつかありました。

巡回といっても、簡単な仕事じゃないです。ただ、見て歩き回るだけじゃダメでして……でも、眠さに負けそうなことも多々あるのだけど。
逃走と自殺は絶対にまずいと以前にも書いていますが、どうしても警備が薄くなりがちな時間を狙ってくるのです。別に時計などを持ち込ませているわけではないのですけど、こちらの警備が手薄な時間帯はよくご存じという状況。
なので、生存確認は絶対に必要。まあ、15分に1回以上の割合で巡回が必要となっているのはそのためです。自殺をされたときの報道で、巡回時刻の件が出ているかと思うのですが、前見たときから発見までの時間がかかりすぎると当然、何らかの処分が来ます。
生存確認はどうするかといいますと、雑居房だと顔を出しているかどうかと布団のふくらみを確認します。独居房だと、これに加えて寝息も確認していきます。カメラ付きの独居だと24時間態勢で監視ですけど、それでは寝返りとかいびきとかといったおおざっぱな状態でしか確認できないので結構むずかしい。
見ているということで逃走や自殺を防止するというのもありますし、もし逃走や自殺があったとすればすぐに対処できるようにするのが、夜勤で最も重要なことでしょう。

それと、後もう一つ。日勤の担当に言いにくいことを夜勤者にいう被収容者が多いので、それをどうはねつけるかも鍵になります。最も多いのは、投薬関係。薬が大好きな被収容者が多いのですよ。日勤の担当は毎日のように観察しているので、被収容者の行動パターンとかをかなり把握しているのですが、夜勤者は毎日見ているわけじゃないし、受け持ち範囲も広いので、なかなか把握しきれない。そこをついてくるのです。ひどいのになると、毎日のように鎮痛剤が欲しいと申し出てきたり、投薬願箋を出してきます。そういう場合は、担当に翌朝報告の上、診察願箋を書くように指導してもらいますけどね。

10月 1, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

夜勤について

刑務官の夜勤は、まる1日以上拘束されます。これは男女とも一緒。
今は、曜日関係なしで4日に1度の割合で夜勤です。夜勤は、1部〜4部までのそれぞれの部に入ります。部といっても、数字の大小で仕事に差があるわけではなくて単なる組み分けです。
夜勤の次の日は非番になります。何もなければ、8:00頃には帰ることができるのですが、このごろは忙しいので非番で昼前まで捜検とか出廷なんていうのも当たり前状態になっているかと思います。

女子の場合は、8:30から勤務をはじめて、途中1時間半ごとに30分の待機。16:00に休憩に入って、17:00から夜勤体制に入ります。
夜勤体制にはいると、21:00までは、全員勤務していますが、21:00以降は二組に分かれて勤務します。一組が勤務して、もう一組が仮眠です。仮眠時間は、21:00〜1:30と1:30〜6:00の2パターンがあります。前者のパターンが後夜、後者のパターンが前夜となります。

拝命して、見習い期間の間に、夜勤見習いも体験します。前夜、後夜1回ずつ体験です。
私の場合、後夜から体験して、その次に前夜を体験しました。

仮眠時間が4時間半ありますが、実際に横になっていられるのは、よくて3時間半ぐらいでしょう。寝るまで30分、起きてから30分は準備とかがあるので……
刑務所勤務で班に複数人いる場合は、部の雰囲気にかなり左右されます。拘置所で、班に1名しかいない場合は、寝るも起きるも本人次第です。
後夜で23:00ぐらいまでおしゃべりしている部もあるようで、かなりびびりました。見習いの時に入った夜勤部がそんな感じでして、果たしてこんな生活をしていて大丈夫なのだろうか?と不安になったものです。
が、実際に配属された夜勤部は、後夜でも21:30になったら寝るといった感じでして、この点は助かりました。

夜勤の見習いは、即実際の勤務につながるので、先輩や夜勤部長とうまくやっていけるのかというのも鍵になります。実際に夜勤部に配属されると、よほどのことがない限り部が変わるというのはないと思います。

前夜と後夜どちらが楽なのかは、本人の体質次第なのですが、私の場合は断然後夜の方が楽でした。
ちなみに、後夜の方が楽な人は「おばちゃん体質」なんだそうでして。

(このトピックつづく)

9月 27, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

消費者金融からの借金には要注意

女子刑務官にとって問題になりやすいのが、男と金なのです。
今回は、金についての問題を取り上げましょう。

いきなり事件系ネタ&男子刑務官ネタで申し訳ないのだけど、消費者金融からの借金はマジで怖いという話。
ソースは、http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20040922AT1G2200L22092004.html
横浜刑務所で、教育部の主任看守(36)が民間の宗教家でつくる神奈川県教戒師会などの運営資金約450万円を着服し、依願退職という事案がありました。
で、着服に至る理由はなんだったのかというと、

主任看守は「消費者金融に数百万円の借金があり、返済に充てた」と話しているという。

この手の事案はちょくちょく発生しています。故に上は部下の借金に目をとがらせています。現金を取り扱う係には長期間つけない、複数人であたるといった対策も取られてはいますが、その効果のほどは?な感じです。

拘置所勤務時代には事件沙汰にはならなかったけど、消費者金融から数百万の借金を抱えた人(男性)が退職に追い込まれたという話がありました。借金の理由は確かギャンブルだったと思います。これがきっかけで20代の職員を集めて消費者金融からの借金についての講義がありましたっけ。

実は、この話を聞いたとき、正直他人事じゃなかったのですよ。数百万とまではいきませんでしたけど、100万近くのお金を「♪はじめての〜」のところで借りていたのですよ。
退職するかどうかをぎりぎりまで悩んだのは、借金の問題があったからです。

20代の女子刑務官の場合、各種手当てやボーナスまで入れると、そんじょそこらの同年代OLよりも遙かにいいお給料をもらっています。しかし、「あればあるだけ使ってしまう」という性格だと、次から次へとお金が消えてしまっている状態になります。私自身ははまりやすい性格だと自覚していたので、パチンコとか競馬とかのギャンブルに手を染めることはなかったのですけど、その分浪費がひどかったです。

借金とギャンブルの恐ろしさについては、 借金は身を滅ぼすのメールマガジンバックナンバーを読んでください。

公務員は限度額もでかいのですよ。安定している職業ですから。消費者金融初心者でも50万借りられるという恐ろしい状態です。ある程度実績がつくと、100万ぐらいの枠なんてかるーくGetできてしまいます。

消費者金融に借金があるとしれてしまった場合、当たり前のことですが周囲にはいい顔されません。額の小さなうちに、上司に相談してください。手遅れになれば他の勤務態度に問題がなかったとしても退職に追い込まれてしまう可能性があります。

ちなみに、現在は全ての借金を返済して、わずかながらの蓄えもできました。

9月 22, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

慢心はなかったのか

先月24日の川越少年刑務所さいたま拘置支所で発生した逃走事件は、以下のような経緯らしい。

読売新聞2004年9月15日の記事から。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20040915i508.htm

金網と外枠の接合が外れている部分が1か所あり、北詰被告はこの部分から金網をほどいて脱走したことが15日、浦和署の調べでわかった。

同署によると、北詰被告は脱走の数日前、この部分に気付き、監視の目を盗み、金網がほどけるかどうかを試していたという。

そもそも金網と外枠を接合するようになったのは、今年2月に宇都宮市の黒羽刑務所宇都宮拘置支所で、被告の男が老朽化した運動場の金網を破って逃走する事件があったからだという。

中日新聞の2004年9月16日の記事では、仰天モノのことがかかれている。http://www.chunichi.co.jp/00/stm/20040916/lcl_____stm_____004.shtml

調べでは、北詰被告は八月十九日、拘置所屋上の運動場の南側金網フェンスの結び目を事前にボルトで外しておいて、二十四日午前十時すぎ、素手でフェンスをこじ開け脱出。配管を伝って敷地に飛び降り、逃げた。翌日、東京都練馬区内の交番に出頭し、逮捕された。
ボルトは約五センチ。拘置房の洗面所の排水口から外し、刑務官の目を盗んで、房の壁でこすって先をとがらせ、フェンスの結び目に食い込むよう加工。逃走時には数分置きの刑務官の見回りで見つからないよう背中でフェンスを隠していた。
ボルトでほどいた結び目部分はゆるんでいたといい、ボルトを使う数日前には所持していたボールペンを使って失敗していたという。

未決の場合、非収容者が居室外に出るときには必ず検身を行っているはずだ。5cm程度の大きさがあるボルトだけでなく、ボールペンの持ち出しまでさせていたとはどういう検身をしていたのだろうかと言いたい。
それに加えて、居室の捜検もあるはずなので、何をやっていたんだよ!

「逃走なんてめったにおこらない」「こないだ大丈夫だったから、今回も大丈夫」という慢心はなかったのだろうか。
忙しいのは十分承知の上だ。私自身、現職だったときにこういう考えで勤務してしまったことはあった。そのときは刑務事故に結びつかなかっただけだ。

刑務官に限らず、安全とか治安とかに関わる人間に「慢心」は禁物なのだ。

9月 17, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

宅間死刑囚、刑執行

今朝、大阪教育大学付属池田小学校殺傷事件の宅間死刑囚が刑執行された。

死刑執行のニュースを聞く度に、刑の執行を担当した刑務官のことを思うと胸が痛くなる。
死刑執行は、日本では唯一合法的に行える人殺しだ。
刑務官を志す人には、刑務官の職務の中にこのようなのもあるのだというのは絶対に知っておいて欲しい。犯罪を犯した人を更生させて、社会復帰を目指すための職務だけではないのだ。
もし、刑場のある施設に勤務することがあれば死刑の執行にあたるかもしれないという覚悟はしておいて欲しい。

死刑の執行を担当するように言われた場合、拒否することはできない。それは職務命令だからだ。拒否をするようなことがあれば、それは退職への道が待っている。

私自身、刑場のある拘置所に勤務していたから、自分が執行担当になってもおかしくはない状況だった。ただ、在職中に女子の死刑確定者がいなかったから死刑執行にあたらなくてよかっただけだ。
現在、私が勤務していた施設には一審で死刑判決を受けた未決囚がいる。控訴審や上告審で一審判決が覆される可能性も低いであろう状況故、何年先になるかはわからないのだけど、いずれは女区の誰かが執行の担当にあたらなければいけないだろう。もしかすると、私と一緒に勤務したことがある方が担当になるのかもしれない。そう思うとよけいにやるせない気持ちになる。

※刑場は以下の7施設にある。
札幌刑務所札幌拘置支所、宮城刑務所仙台拘置支所、東京拘置所、名古屋拘置所、大阪拘置所、広島拘置所、福岡拘置所
8つある管区の内、高松管区内には刑場のある施設がないので、大阪拘置所で執行される。

9月 14, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (1)

中等科のシーズン

この時期って、中等科研修開始なのですね。

中等科研修も法務教官の人たちと一緒になります。ただし、法務教官のほうは入所試験はなくて、拝命2年目で行くことがほとんどです。

中等科研修には拝命3年目で行きました。
前の年に次点で不合格になって、2度目のチャレンジでの合格でした。
(私のときは、大卒の場合2年目から受験可能、それ以外は3年目から受験可能だった)

人間関係については、初等科同期が4名(うち女子1名)いたのでずいぶんと気が楽でした。

合格したのはいいのですけど、やっぱり不安もありました。
術科の厳しさは初等科の比ではないだろうし、学科だって試験をパスした連中が集まるのですから。
私のときは、今のように全国で100名ではなくて、管区ごとで合格者を決めていました。

そういえば、私のときは研修支所移転というビッグイベントがあったおかげで、例年の中等科研修とはかなり趣が違ってました。まる1週間引越しでつぶれて、その後も移転式典などの準備もありましたし。
集団行動訓練の時間が大幅に減って、管区査閲式もなかったです。(これのおかげで私はかなり救われた)

中等科研修はめちゃくちゃ楽しかったですよー。同期や教官たちもいい人ばっかりでした。

9月 4, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

さいたま拘置支所:強盗傷害罪の23歳被告が逃亡

ソースは、http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20040824k0000e040054000c.html。

行刑施設の最大の使命とは何か?
「在監者の身柄の確保」
にあります。
従って、逃げられたり、勝手に死なれたり(自殺)というのは非常にまずいのです。

ニュースとかでは、逃亡とか脱走とかになっていますけど、業界用語では逃走になります。

逃走された場合、刑務官は何もできないのか?といえばそうじゃありません。
その辺のお話は別トピックにて。

8月 24, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

二度と出会わないことを祈りながら

刑務所、拘置所いずれにも釈放というのがあります。刑務所なら仮出所や刑期満了に伴うもので、拘置所なら執行猶予や保釈、無罪判決によるものです。

刑務所では釈放の場に立ち会うことはなかったのですけど、無事に出所していった人たちのこれからの人生がよいものであって、二度とこのような場所に来ることのないようにと思っていました。特に初犯で来た人にはなおさらこの思いを深めていました。(累犯はちょっとあきらめ入ってたりしていた。それでも1日でも長く塀の外で生活できたら……とは思ったりしていました。)

拘置所では何度も釈放の場面に立ち会いました。拘置所の場合、執行猶予の判決を受けた場合は本人の同意を得て、荷物を持ち帰るために拘置所に戻ってきてもらいます。実際には拘置所行きのバスの出る時間が決まっているので、そのバスに乗るまでの時間は拘置所内にある監房にいてもらわないといけないのですけど、鍵はかけません。
拘置所に戻ってきたら、もう一度荷物調べをして、身元の確認をして、そして門まで連れて行きます。このときにはもう手錠はかけていません。
門まで送り届けるまでの間に、私はよく次のようなことを言ってました。「こんな所に二度と来たらあかん、(拘置所で)二度と会いたないよ。」

刑務官にとって、職場での被収容者との再会というのはありがたくありません。なぜなら、被収容者が「再び犯罪を犯して、施設に収容される羽目になった」というのを意味するからです。
執行猶予で出て行った人が3ヶ月程度で拘置所に戻ってきてしまったりすると、なおさらショックです。こういう人はたいてい予兆があるので覚悟はしているのですけど、やっぱりショックです。「もー、また来たんか。」と舎房の担当にもあきれられてました。
執行猶予がついて釈放されて、また拘置所までやってくると、次は実刑判決で執行猶予も取消なのが相場だからです(まれにダブル猶予なんてこともあるけど)。こういうときは、「しかるべき所に行かなあかんから、覚悟しときや。」と言ってました。

刑務所勤務時代に出会った被収容者と拘置所で再会したときは、お互いばつが悪いという感じでしたね。人事異動なんて被収容者には知らされませんから。

私が刑務官の仕事を辞めてからもう数年が経とうとしています。その間に元・被収容者との再会はしたことがないのですが、万が一再会することがあれば、更生している状態でいて欲しいと思います。

8月 23, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

女子刑務官の恋愛事情 その2

女子刑務官の恋愛事情 その1では、女子施設(女子刑務所)で拝命したケースを書きました。

じゃあ、女子施設じゃないところで勤務している女子刑務官の事情はというと、、、選び放題。器量がよし、性格良しなら、もて放題です!というのは誇大表現か。
多少セクハラ気味な部分もあったりはするのですが、男性(特におじさんからは)かなりちやほやされます。

しかし、それを職場内恋愛に結びつけるとなると非常に大変です。
なんといっても、噂はマッハで伝わるような職場。万が一噂に立てば、それは即結婚を前提としたおつきあいとしてみなされてしまいます。

異性の独身寮に遊びに行ったのがばれただけでも職場の噂。というより、異性の独身寮を訪問するのはNGなのです。上司の耳に入ったら注意されます。
女子施設から拘置所へ転勤直後に、飲みに誘うために初等科研修同期の男友達の所を訪ねたのだけど、これを知らなくて、ばれなくて助かったー。この当時、外の世界にお互いつきあっている人いたし。
夜勤部に入った時点で、「彼氏いるの?」と聞かれましたけど、速攻で「いますよ」と返しておいたし。
まあ、初等科研修同期ということで、仲がよくてもあまり深く疑われずにすんだのも幸いして、職場内の噂にならずにはすんだようです。

職場内恋愛は時として噂だけではすまなくなることがあるのです。不倫は問題外としても、そうでない場合でもトラブルになったりします。女子が20名程度の職場で、たった3年ちょっとで、2件もの職場内恋愛トラブルに遭遇してしまってうんざりしました。

8月 20, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (0)

初等科集合研修って

刑務官の研修は、大きく分けると以下の3つがあります。これは、同じ矯正職である法務教官(少年院や少年鑑別所の職員)と共通です。

  1. 初等科
  2. 中等科
  3. 高等科

初等科は、刑務官として拝命すると必ず受ける研修ですが、中等科と高等科は昇進するために必要な研修でして、大半の刑務官には縁のないものになります。私は、中等科まで研修を受けて、高等科は受験に失敗しました。

初等科研修ですが、集合研修(2ヶ月半ぐらい)と実務研修(4ヶ月ぐらい)に分かれます。でも、刑務官の世界で「初等科」というばあい、たいていは集合研修の方を指します。

初等科集合研修では何をするかと言いますと、刑務官として必要な法令や実務について学びます。
法令の方は、行刑法、刑法、刑事訴訟法、憲法、法学概論などです。レポートやテストがあったりします。成績が悪いと追試があったりもします。私はこっちの方で主に点を稼いでいました。
実務の方はというと、護身術、集団行動訓練、戒具(手錠、補縄)の取り扱い、けん銃の取り扱いなどについて学びます。(※法務教官はけん銃の取り扱いについて学ぶ機会なし)

で、集合研修となうっているので、矯正研修所○○支所というところに入所します。通いではなく、宿泊系の研修です。○○は拝命した施設がある管区だと考えてください。(たまに他管区の支所に入所することもあります。)
土日は外泊の許可も出ますが、平日は研修所で生活することになります。3食付きです。
男女混合ですけど、生活スペース(部屋・トイレ・洗面所)は当然別々です。夜間は異性の生活スペースを訪れることはできません。

初等科集合研修の成績優秀者は中等科の受験資格が早くなるとか表彰の対象になったりします。
ということで、今回は概要紹介ってところで。

8月 19, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

女子刑務官の恋愛事情 その1

女子刑務官だって恋愛の一つや二つしたい。彼氏欲しいのです。

けど、女子施設は女の園で、男性職員がいると思えば既婚者ばっかり。
女子施設があるところはどこもかしこも不便な田舎ばっかり。5つの女子施設の中で立地的に一番ましだと思われる私の拝命施設ですら、街に出るのには車じゃないとちょっと厳しかった。

しかも、勤務状況とはいえば、新人はまず夜勤からになるので、一般人との恋愛は相手に理解がないと苦しかったりします。休みのスケジュールがあまりあわないのですから。4日に1度の夜勤がある刑務官と、土日休みの一般人だったら、休みが合うのは月に1度ぐらいでしょう。

あー、でもこのような施設に拝命しても恋愛するチャンスは訪れるのですよ。
初等科集合研修というのがあって、そこには同じ管区の他施設から拝命して日の浅い刑務官がたくさんやってくるのです。もちろん男いますよ。
見習い勤務中についた先輩には、「初等科研修で男作らな、作る機会ないで」とまで脅されてました。それくらい、男に出会える機会が少ない職場なのです……

実際、初等科集合研修で見つけた男とそのままおつきあいを続けて結婚なんていうのは、刑務官の世界ではよくあることです。

8月 18, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

女子刑務官の服装

刑務官には制服が支給されます。冬服(青)・合夏服(水色)・夏服(うす青)の通常勤務用と冬警備服(濃緑)・夏警備服(上衣:白、下衣:灰)です。
冬服、合夏服、冬警備服を着用しているときは白Yシャツとネクタイ着用です。
下衣はズボンとスカートの2種類ありますけど、処遇部門の現場に出る刑務官はスカートなんてはいていられません。基本的に肉体労働ですから、動きやすいズボンになります。
スカートなんて、初等科集合研修が始まるときの式典の時に無理矢理履かされただけですよ。
それと、それぞれの制服に対して帽子もセットになります。現場に出る場合、夜勤以外では必ずかぶることになっています。

靴もハイヒールなんて物は論外でして、黒の革靴(ローファー)が基本。夜勤などでは運動靴もOK(足音を立てないようにするため)。私はウォーキングシューズを履いて勤務していました。ストッキングではなく、靴下。おかげで、ハイヒール+ストッキングは今でも履き慣れません(^^;

髪型はショートカットかお団子ヘアか帽子の中にしっぽを隠すかです。長い髪を縛ってなかったり、縛っていても垂れ下げているのはNG。実力行使の時に髪の毛を引っ張られる危険があるからです。茶髪は度が過ぎなければOKですけど、女子施設じゃない場合は茶髪にしない方が無難だったりします。(拘置所勤務時代に怒られた経験あります)

アクセサリーはピアス・ネックレスはNG。指輪は石のついていない物で結婚指輪に限ってOK。腕時計は金属ベルトNG。

化粧は、あまり派手でなければOK。屋外での勤務も多いので、夏場は日焼け止め必須。私なんかはほとんど化粧も手入れもしていなくて、夜勤部長に「手入れぐらいしなさい!」と言われたことが。とはいっても、夜勤で仮眠に入ったときに素顔は別人、「あんた誰?」と思わずつっこみたくなるようなのはどうかと。

通勤時の服装は、施設のすぐそばの官舎に住んでいる場合は制服を着用していきます。本当は制服を着たまま民間の施設に行くのはダメなのですけど、刑務所勤務時代はすぐ近くのスーパーに制服のままで行ってた人多かったな。今はどうなんでしょうね?
官舎でも施設から離れていたり、自宅から通う場合は私服になります。施設によってはなぜかジーンズ禁止なところもあったりします。

8月 14, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

独身看守の住宅事情

私が拝命した当時、施設の独身寮(個室)には先輩達が住んでいて空きがなく、若手は家族向けの官舎に2名ないし3名で同居という形を取っていました。
3K(6畳・6畳・4.5畳)、バストイレ別の6畳の官舎で、6畳+押入2間の和室が私の部屋になりました。
今はどうなっているのかわからないのだけど、若い人が多いので若手全員に個室というのは今でもないんだろうなって思ったりします。
ちなみに、独身寮には看守部長までが入居。幹部は独身でも幹部用家族向け官舎に入ります。

女子刑務所での拝命になって官舎に入る場合は同居も十分あり得ます。拘置所だと独身寮に入れたりもします。女子向けの独身寮がない施設だと、3Kや3DKの家族用官舎に1名で住むなんて贅沢な状況もあり得ます。

で、最初に同居したのが同い年なのだけど、心理的にえらい壁を作っているような人でうち解ける余地なしといった人。遅く帰ってきて寝るだけといった生活で、生活の方もすれ違い状態。心が落ち着くような場所ではありませんでした。その理由はといえば、結婚間近で男のところに通っていたから。

まあ、この先輩とはわずか1ヶ月の同居生活、私が初等科集合研修に行っている間に結婚退職。これで、平穏に暮らせるように。
その後、2人の同居人がやってきたけど、同期と後輩だったので、拝命当初に比べれば天国のような日々になったのでした。

8月 12, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

看守同士の人間関係

刑務所や拘置所の職員の人間関係ですが、基本的には拝命が先の人がえらい人で、雰囲気は体育会系です。実際に剣道や柔道の経験者もいるため、そういう雰囲気があります。体育会系雰囲気に関しては男子の方が数倍厳しいんですけどね。
たとえ1ヶ月でも早く拝命すれば「先輩」。
男子のほうでは、年齢も加味されていたようなのですけど、女子は完全に拝命順。従って、年下や同い年でも先に拝命した人に対してはもちろん敬語。

とは言っても、気持ち的にはなかなか割り切れるモノではなくて、私自身は国立大学卒業という変なプライドがあったせいで、先輩達とうち解けるのに一苦労してしまいました。特に年下の先輩に対しては、なかなかうち解けられなかったです。(反省)

階級制度があるので、階級が上の人はもちろんえらい人になるのですが、若くして看守部長になってしまうと先輩看守にいいようにこき使われます。はっきり言うと立場弱いです。仕事の責任だけは押しつけてくれるいやーな先輩看守もちらほらいましたね。(今思い出してもむかつく奴が2名ほど)

8月 12, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

自庁研修開始

初日は施設オリエンテーションや挨拶などで終了。
4/1づけで私の他に2名拝命していて、私を入れてその年の4月拝命は3名に。
私が大卒で、他の2名は短大卒と高卒だったので、私が一番年上。けど拝命は同期。
ちなみに、私が拝命したときの俸給は、公安職(一)6号俸が適用されました。

自庁研修では、看守として身につけなければ行けない法令の勉強と、各工場をはじめとしてさまざまな勤務箇所での見習い勤務がメイン。

看守として身につけなければいけない法令は、監獄法をはじめとして、監獄法施行規則、行刑累進処遇令、刑法、刑事訴訟法etc.があります。
ちなみに、監獄法・監獄法施行規則・行刑累進処遇令の3つの法令をまとめて行刑法と言います。

見習い勤務は入浴や運動の立会、門の警備、そして夜勤などもあります。どの担当場所でも、担当の先輩について実際の仕事について学んだり、先輩に顔を覚えてもらったり。私が拝命した施設では、若手の昼間の勤務配置場所は門、運動立会、入浴立会、捜検がメインでした。
拝命が1,2年先輩の人についた場合は、初等科集合研修のことについてもあれこれ教えてもらったな。

どの職業でも言えることですが、仕事を通じて周囲の人たちとの人間関係を良くしておくことは最終的に身を助けることにつながるので、非常に重要な期間。

ここまで書いていて、ATOKで一発変換できない単語多すぎ。それだけ特殊な業界……

8月 12, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

小さな扉の先は

拝命して、各種事務手続きを済ませた。で、いよいよ施設の案内と言うことに。
処遇部処遇部門に配属されたので、処遇部門へ向かう。

拝命した施設というのは、もともとは男子用の施設で塀なども高く作られている。
で、外と塀の中をつなぐ場所といえば、2カ所ある門と小さな扉が2つ。事務所区域から処遇部門へ行くには、小さな鉄扉をくぐり抜けなければいけないのだ。
その鉄扉は、人一人がかがんで通れるぐらいの大きさなのだ。

これだけでもどひゃー!な感じ。
で、いかにも古めかしい処遇部門の建物。1Fが事務所と処遇部長室、取調室兼新入調室。2Fが更衣室と待機室と仮眠室(看守用、夜勤部長用、女性の当直長用)。お手洗いはいずれの階にもあり。
そして、処遇部門の先には舎房や工場があるのだ。
女子刑務所といえば、私が刑務官試験を受験したところのようにもっと開放的なものかと思っていたら、その考えは180度ひっくり返されたよ。
ちなみに、ここの施設は後ほど改築工事されることになって、今ではすっかりきれいなものになっていると思うのだけど。さすがに退職してからは全然行ってないし。あの鉄扉が今でもあるのかはわからない。

身内に刑務官がいるわけでもなく、刑務所についてろくな知識もなく拝命した身には、何もかもが別世界だと思った。

8月 3, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

採用決定時のバタバタ

先ほどの日記で、採用が決まったのは3月下旬のことで、卒業式の前日のことだったのだ。

大学時代は一人暮らしをしていたし、就職できないのであればとりあえず実家に戻らなければいけないので、荷物を実家に送ってしまったのだ。

ところがその後、採用が決まって、拝命施設の官舎に入居することになったので、赴任旅費をどうしてくれるんだということに。
赴任旅費は引っ越しなどにかかる費用出してもらえるのだけど、その基準が実家からにされそうに。
実家は拝命施設の隣県だけど、大学時代を過ごした場所は違う地方。もらえる赴任旅費も全然違う。
採用の連絡が遅れたのは施設側の都合だし、大学時代に済んでいたところからの費用で計算して欲しい。
で、庶務課との交渉に挑んだ結果、言い分は通った。お金の件はめでたし。

ところがもう一つ問題が。引っ越しだ。
実家からはとてもじゃないけど通勤できない距離。官舎に入るというのは決まっていても4月1日に間に合うように引っ越しをお願いするのはとうてい無理。で、これも交渉した結果、2日遅れの4月3日に初登庁ということで落ち着いた。

採用時にはかなりバタバタしてしまったし、ずいぶんとご迷惑もかけてしまった。けど、こちらのお願いをずいぶんと聞いてもらえて助かった。

当時の庶務係長には感謝しています。

7月 30, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (0)

女子刑務官の採用先と配属先

女子刑務官の採用先ですが、全国に5カ所ある女子刑務所が主ですが、拘置所やその他の刑務所、刑務支所、拘置支所に採用される場合もあります。

女子刑務所は以下の5つの施設です。栃木・笠松(岐阜県)・和歌山・岩国(山口県)・麓(佐賀県)。あと、札幌刑務支所で女子受刑者の収容がそこそこあります。これらの施設で採用されるとほとんどは処遇部処遇部門に配属されます。
処遇部処遇部門での仕事の概要は、
http://www010.upp.so-net.ne.jp/kawadai/special/prison.htmlがわかりやすいと思います。リンク先では保安課となっていますが、昔はそのように言ってたためです。

じゃあ、拘置所(拘置支所含む)や女子刑務所でない刑務所で採用されたら?
拘置所の場合はやはり処遇部処遇部門に配属されることがほとんどです。仕事の内容は、刑務所勤務とはちょっと違ったりします。扱う対象が違うからです。
女子刑務所でない刑務所だと庶務課をはじめとした事務系の部門に配属されて、処遇部処遇部門と兼任という形になったりもします。

7月 30, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (12) | トラックバック (0)

合格 ≠採用

刑務官採用試験だけでなく、すべての国家公務員試験に共通する事項です。試験に合格したからといって、採用されるかどうかはわからないのです。
合格者としての権利は1年間有効で、4月に採用されなくても定員に空きがあれば随時採用という形になります。

私の場合、採用決定は卒業式の直前でした。3月下旬のことです。しかも拝命は4月1日付。
2次試験の合格通知自体は年明け前にもらって、採用面接からも時間が開いてしまいました。
卒業してからの就職浪人を免れたのは運がよかったというのか。

採用面接は、採用予定施設のおえらいさん達が相手になります。施設側から採用面接があるのですけど、来てくださいといわれます。私の場合、採用面接は1回だけで、そこで拝命となりました。人によっては複数の施設の面接があるかとおもいます。

他管区で受験をした場合、同じ管区内で受験した人よりも採用試験の実施が遅かったです。拝命してから知りました。

7月 30, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

刑務官採用試験 その3 身体測定

刑務官採用試験では、身体の状況に一定の制限があります。
以下の条件に該当すると不合格です。
1.四肢の運動機能に異常がある
2.身長150cm未満
3.体重43kg未満
4.胸囲75cm未満
5.裸眼視力がどちらか1眼でも0.6未満(ただし、矯正視力で両眼1.0以上ならOK)

私が受験した当時は色覚検査で異常があるというのも不合格の要件になっていました。

で、すべてクリアできているモノかと思っていたら、5.の視力検査で危うく引っかかりそうに。
左眼の視力が下がってきているのに気がついてなかったのです。順番待ち中に検査表をみたら、0.6のところが見えない
右眼は1.2ほどあって、日常生活には支障がなかったので気づかなかったのです。

で、どうやって乗り切ったのかって?そりゃ、古典的な手段でクリアですよ。

その後、はじめて眼鏡屋と眼科に行って、左眼の視力が0.4までに下がっているので、コンタクトレンズをしてみてはどうかということになりました。

7月 30, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

刑務官採用試験 その2・はじめての刑務所

私が刑務官採用試験を受けた施設は女子刑務所の中では一番新しくて、外観からして開放的な感じがありました。
「へぇ〜、結構きれいなところじゃないか」
重くて暗い感じを想像していたので意外でした。

試験では、講堂と体育館と職員食堂と、医務課の中だけ入ることができて、居室とかは見せてもらえなかったです。

試験の時に感じたモノが、拝命時に180度ひっくり返されたのですけどね。

7月 30, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

刑務官採用試験受験 その1

受験申込書は、人事院の各事務局/法務省の矯正管区/刑務所・拘置所で入手します。

女子は刑務Bという区分で受験です。女子は採用人数が男子に比べると圧倒的に少ないし、採用地域もかなり限定されます。
現在の居住地域と希望採用地域は離れていてもかまわないです。私の場合、大学があった地域の管区内で受験して、地元を希望採用地域としていました。

私の場合、筆記試験である一次試験は受かって当然(というより、大学在学中で高卒相当の受験区分の一次試験不合格だったら恥)、二次試験の方が不安でした。同じ高卒相当の公安職である警察官に比べると体力テストの内容はかなりぬるいのですけど、体力にいまいち自身がない身には不安でした。

二次試験の体力テストは、息こらえ、垂直跳び、膝曲げ腹筋(1分間)。息こらえは、1分間その場駆け足をした後に息をこらえます。
合格基準は、順に11秒以上、35cm以上、18回以上です。

当時は、一次試験と二次試験が同じ日に行われました。午前中に一次試験を受けて、午後2時ぐらいには一次の合格発表、その後すぐ二次試験というえらいハードな試験。当時は、今ほどの倍率がなかったのでできたのですけどね。

7月 30, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

刑務官試験を受けようと思ったきっかけ

私の場合、かなりいい加減なモノでした。
大学4年の夏に、大学院進学をあきらめて、就職することに決めたので選択肢がかなり狭まってました。

当時、「家裁の人」というドラマがあって、原作も読んで、家庭裁判所調査官とか法務教官という仕事の存在を知りました。
で、家庭裁判所調査官とか法務教官になるには?ということでいろいろと資料をと思っていたら、法務教官の方は出願しそこねてしまうというおまぬけぶり。家庭裁判所調査官の方は不合格でした。
法務教官と同じ矯正職ということで、刑務官の存在を知って、まあ、これは秋に試験が行われる上に、高卒程度の学力でいけるということなので受験してみようかと思ったのがきっかけです。

7月 29, 2004 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)